「クリスマスツリーをかざる日は」   ひなた




写真を見つけたんだ。
古い写真。
茶色くなった写真。
押入れの中を掃除してたら、1枚だけ、ぽつんとあった。
大きな、大きな、クリスマスツリー。
その前で。
若くて、かっこいい、おじいちゃんと。
セーラー服をきた、おかあさん。
そして。
笑ってる女の人。
おばあちゃんだ。
ボクが生まれて、すぐに死んじゃった人が。
楽しそうに、笑ってる。
やさしそうに、笑ってたんだ。


カラカラカラと冷たい風がふいて。
ほんとの冬がやってきた。
町を歩いている人たちも、寒そうに、背中をまあるくしてるよ。
そんな人たちを、バスはぐんぐんおいこしてく。
ボクは、くもってきたバスの窓を、こしこしとこすりながら、外を見てたんだ。
今日、ボクは、ひとりでバスにのった。
おじいちゃん家へ行くためだ。
おじいちゃんは、車で30分くらいのところにある、小さな町にすんでいる。
駄菓子屋さんをしてるんだ。
おばあちゃんが死んじゃってから、ひとりでこの店をやってる。
少ないお金でいっぱいお菓子が買えるから、ボクたち子どもはこの店が大好きだ。
1ヶ月に3回くらいは、おかあさんと一緒に遊びに行くんだけど、今日は、おかあさん、おるすばんなんだ。
妹のユキが生まれて、すっごく、いそがしいから。
だから、ボクひとりだけど、しょうがない。
今日は、どうしても、おじいちゃん家へ行かなきゃいけないんだ。
だって、今日は12月1日。
12月1日は、おじいちゃん家でクリスマスツリーをかざる日なんだ。

「おじいちゃん、これは、ここでいいの?」
「ああ、そこでええよ」
「ん……しょっと」
ボクは、ひまわりぐらいに背の高い、ツリーにかざりをつけていた。
真っ白な綿の雪。
木でできた、天使の人形や、リース。
赤、青、黄色の鈴や、ボール。
色がはげかかっているところは、おじいちゃんが、ていねいにぬりなおしてるから、まだまだきれいだった。
それにしても。
「いっぱいあるね。おじいちゃん」
おかあさんと、おじいちゃんと。何回かこのツリーをかざったことはあるけど、いつもびっくりしてしまう。
大きなダンボールの中には、まだまだいっぱいのかざりが残ってて。
宝物のようにキラキラして、ボクたちにかざってもらうのをまっていた。
おじいちゃんは、大きな手で、ボクの頭をぽんぽんとたたいた。
「いっきにやったら、しんどいからな。のんびりやろうな」
にこにこ、にこにこ、笑いながらいう。
ケンタッキーのおじいさんみたいに、ふっくらしているおじいちゃんは、何をやるんでものんびりさんだった。
いつもにこにこしてて、めったにおこらない。
ボクは、そんなおじいちゃんが大好きだった。

「ちょっと、きゅうけいするかの」
そういって、おじいちゃんは奥の部屋から、ミルクココアをもってきてくれた。
ボクとおじいちゃんは、いすにすわってココアを飲んだ。
おいしい。
「あったかいね。おじいちゃん」
「そうじゃな」
ずらっと、お菓子がならぶお店のすみっこに、クリスマスツリーは立っていた。
毎年見てるからかな。不思議と、ヘンな感じはしないんだ。
お店の住人みたいな顔してる。

ボクは、まだ半分もできてないツリーを見上げた。
やっぱり、大きい。
「昔はこのツリー、おじいちゃんと、おかあさんと、おばあちゃんとで、かざってたんだよね」
「そうじゃよ。毎年、毎年、12月1日になったらな。みんなでかざっておったんじゃよ。わいわい、わいわい、いいながらな」
「うん。おかあさんから、聞いたよ。すっごく、楽しかったって」
「そうか。ちゃんとかかりも、決まっておったんじゃよ」
「かかり?」
「うむ。わしはな、綿の雪を。拓夢のかあさんは、ツリーのてっぺんにかざる一番星を。そして……」
おじいちゃんは、ちょっとしゃべるのをやめた。そして、目を細める。
「ばあさんは、天使やリースをかざっておったなあ」
「ボクがしてるの?」
「そうじゃよ。拓夢がしておることじゃよ」
おじいちゃんは、こくりとうなづいた。
そっか。
ボクは、下を向いた。
おばあちゃんが、昔やってたことを、今、ボクがしてるんだ。
おんなじことをしてる。そのことが、ちょっとだけ、うれしくて。
くすぐったくて、あったかい。
不思議な気持ちになったんだ。

ボクは、思い切って、おしりのポケットに入っている、あの写真を取り出した。
こっそりと、もってきたんだ。おじいちゃんに、聞きたいことがあったから。
ボクは、そっと、おじいちゃんに見せた。
「これ、押入れで見つけたんだ」
「ん?……ああ、これは」
おじいちゃんは、ちょっとだけびっくりしたけど、すぐに、ふふふと笑った。
「なつかしいのお。クリスマスの写真じゃなあ」
ボクは、ついっと、指をさした。
楽しそうに笑っている、女の人の顔を。
「……これ、おばあちゃんだよね?」
「そうじゃよ。拓夢のおばあちゃんじゃよ」
やっぱり。
ボクは、写真の中のおばあちゃんを、じっと見た。
ボクの知らないおばあちゃん。
ボクだけが知らないんだ。
「ねえ、おじいちゃん」
「ん?」
「おばあちゃんて、どんな人だった?」
「拓夢?」
「おかあさんも、おじいちゃんも、おとうさんも。みーんな、おばあちゃんのこと知ってるのに、ボクだけ知らないんだもん。なんか、ズルイよ」
写真だけしか知らないなんて、くやしい。
「……ボクには、なんにもないんだ」
おばあちゃんとの思い出も。なにもかも。
ボクは、うつむいてしまった。
すると、おじいちゃんは、ボクの頭をくしゃりとなでて。ぽつり、ぽつりと、話してくれたんだ。
おばあちゃんのこと。

「ばあさんはな、ちっこい人でなあ。細くて、今にもおれそうな人じゃったが、根はがんこもんでな。そういうところは、拓夢のかあさんにようにとる」
「おかあさんに?」
「そう。それと、なんでも、大きなものが好きじゃったな。けっこんする前にな、ばあさんに花束をあげたくて、好きな花はなんですか?と、聞いたんじゃよ。そしたら」
『私は、さくらが好きです』
「さくら?」
「そう。じいちゃん、こまってなあ。次に、好きな花はなんですか?と、聞いたら」
『ひまわりが好きです』
「大きすぎて、花束できないね」
「じゃろう?これでは、いかん、思うてな。また、聞いたんじゃ」
『あなたに、花束を贈りたいと思うのですが、どんな花がいいですか?』
『……かすみ草』
「真っ赤になって、答えてくれてのう。やっと、プレゼントできたんじゃよ」
「ふーん」
ボクは、かすみ草の大きな花束を抱いて、うれしそうに笑っているおばあちゃんを思った。
おばあちゃんのかけらが、1個、1個、ふえていく。

「それに、小さい子どもも大好きでな。子どもがたくさんくるからって、駄菓子屋さんやろうというたんも、ばあさんじゃった」
「おばあちゃんが?」
「そうじゃよ。子どもがたくさんくるのが、そりゃあもう、うれしそうでな。いっつも、にこにこ、にこにこ、しとった……。なあ、拓夢?」
「なあに。おじいちゃん?」
おじいちゃんは、じーっとボクを見た。そして、ふっくらした手で、ゆっくりとボクのほおをなでる。
何を見てるんだろう?ずっと、遠くを見てるようだった。
「……おじいちゃん?」
「ばあさんはな、拓夢ができたって聞いたときは、そりゃもうよろこんでなあ。もう、病気がひどくて、病院から出られんかったが、拓夢のかあさんが、赤ん坊の拓夢をつれてきてくれてな。だっこしたんじゃよ。拓夢を。うれしそうでなあ」

秋。
病室の中。ゆるやかな夕陽がさしこんで。
ばあさんの腕の中。笑う、拓夢。
それを見、微笑むばあさん。
いとおしそうに。

「拓夢。おまえは、ばあさんとの思い出は、なんもないといっておったな。でもな、おまえは大切なものをばあさんからもらっとるよ。生きるために必要な、大切なものをな」
「大切な、もの?」
おじいちゃんは、にっこり、笑った。
「名前、じゃよ」

『名前をね、決めたのよ』
『かあさん?』
『拓夢。拓夢というのは、どうかしら?』
『拓夢?』
『そう。夢を切り拓いていけるように。どんなつらいことがあっても、前を向いて進めるように』
『……』
『拓夢が、いつも笑っていられますように。しあわせでありますように』
ずっと、ずっと、祈っていますからね。
いつでも、そばにいますからね。

「おばあちゃんが。オレの名前を?」
おじいちゃんは、こくりとうなづいた。そして、ふわりと笑ったんだ。
夏の青空のような、きれいな笑顔。
「ばあさんは、拓夢のそばにおるよ。例え、拓夢がおぼえとらんでも。おまえが、その名前といっしょにおるかぎり、消えたりせん。ずっと、ずーっと、おるよ」
「おじいちゃん……」
「拓夢が、拓夢らしく、歩いていけるように、見守ってくれとる。だいじょうぶじゃ」
「うん!」

ボクは、胸に手をあてた。
トクン。トクン。
心臓が鳴ってる。あったかい音。
大切なものは、ここにあるよ。
心の中に。ずっと。ずっと。消えない。
ボクだけの、おばあちゃんのものだ。
おばあちゃんは、ぜったい、消えない。
ここにいるんだ。

「ありがと。おじいちゃん」
おじいちゃんは、にっこり笑った。ぽんぽんと、ボクの頭をたたく。
「さて。クリスマスツリーを完成させるかの」
「うん!」
ボクはもう一度、写真を見た。笑ってるおばあちゃん。
ずっと、ボクのそばにいてね。
ずっと、ずっと。
ボクは、にっこりと、おばあちゃんに笑いかけて、ポケットにいれた。それで、おじいちゃんにいったよ。
「ねえ、おじいちゃん。ボク、一番星つけていい?」
「一番星は、子どもの仕事じゃからな。たのんだぞ」
「うん!」
もう、さみしくない。


そして。
クリスマスツリーが、完成したんだ。
「すごい……!」
チカチカ。チカチカ。あかりがともる。
まっくらな部屋に、夢のように、ツリーが浮かんだ。
やっぱり。いつ見ても、きれいだなあ。
ボクが、ぼーっとツリーを見ていたら、おじいちゃんがミルクティーをもってきてくれた。
クリスマスツリーが完成したら、みんなでお祝いのミルクティーを飲む。
約束なんだ。
甘くて、おいしい、ミルクティー。おじいちゃんの特製だ。
「おつかれさん。よう、がんばってくれたなあ」
「へへへ」
ボクは、おじいちゃんからコップをもらった。ゆげが、ほおにあたる。……あったかい。
おいしいミルクティー。おばあちゃんも、好きだったのかな?
ボクは、おじいちゃんに聞いた。
「ねえ、おばあちゃんも、ミルクティー好きだったの?」
「ばあさんか?」
おじいちゃんは、ふふふと笑って、いったよ。
「実はなあ。ばあさんは、昔は甘いものは好きじゃなかったんじゃよ。ミルクティーも飲めんかった。だけど、ずっといっしょにおったら、おんなじもん好きになるんかなあ、いつのまにか飲めるようになって、そんで、大好きになっとった」
「じゃあ、おばあちゃんのぶんもつくってあげようよ。3人で飲もう!」
「そうじゃな。とっておきの、つくろうかの」
「うん!」
ボクと、おじいちゃんと、おばあちゃんと。3人で、かんぱいしよう。
それから、あったかくって、おいしいミルクティーを飲みながら、いっぱいお話しするんだ。
ね。おばあちゃん。

おわり





コメント

大切な人への思いは、その存在が無くなっても、心の中で生き続けていくんだと思います。
たくさんの愛情をありがとう。遠い空を見上げながら、心の中で呟いています。




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