なかまはずれの小さな星
作/かえる
たくさんの星がきらきらと輝く、遠い夜空の物語です。
澄み切った冷たい空気のなかで星たちはいきいきとまたたいていました。
そんななかでただひとつ、今にも消えてしまいそうな小さな星がありました。ビー玉ほどの大きさで、青白く弱々しい光を放ちながらふるえています。
「なぜぼくはひとりぼっちなのかな」
まわり中で輝いている星たちをながめては、ためいきをつきます。
「遠い星が、あんなにまぶしいなんて」
ビロードをひろげたような、つややかな空のなかでなかまの星たちは宝石の輝きを放っています。それにくらべて小さな星は、みすぼらしくすすけたガラス玉でしかありません。
「あんなにきらきらしたなかまから、ぼくはどうみえているのかな」
そう思うと、なんだかはずかしいような、いたたまれない気持ちになります。
本当はあの星たちに話しかけたい。
すこしでも近くによってその輝きを分けてほしい。
そう考えていた小さな星でしたが、思いがつのるほど、身体がすくんでしまいます。
「ぼくなんかきっと、なかまはずれだよ」
嘆き悲しむごとに、その小さな身体は夜空の果てに沈んでいきます。
「何だろう。青い星が見えてきたぞ」
遠くからは青く見えたその星のふところ深くまでおりていくと、そこには緑色の大地が広がっていました。
「あれはなんだろう」
小さな星が見つけたのは、小高い丘の斜面いっぱいに広がるみかんの林でした。
暗緑色の葉の間にたわわに実ったオレンジの果実は、さながら夜空の星と輝きを競い合っているかのようでした。
「彼らなら、友達になってくれるかもしれない」
小さな星は勇気をふりしぼってみかんの枝に近づき、実のひとつに話しかけました。
「みかんさん、こんばんは。いい夜ですね」
小さな星がささやくと、みかんの実は少しまどろんでいたのか、ゆっくりとした口調で答えました。
「君は誰。こんなに青白くてちいさいみかんなんてみたことないよ」
「ぼくはみかんじゃないんです」
「じゃあなに?」
「ぼくは、星なんです」
小さな星がそう答えると、みかんはけらけらとわらいはじめました。
「星って、空できらきらと輝いてる星のこと?じゃあなんで、きみはここにいるんだい」
小さな星は恥ずかしさで泣きそうになりながら、やっとの思いでこう答えました。
「夜空ではひとりぼっちで、さみしかったんです」
星があまりに悲しげなので、みかんもわらうのをやめました。
「ここには仲間もいっぱいいるし、君とも友達になりたいけど」
こんどはみかんのほうが、真剣な顔になりました。
「ぼくらは明日になったら、刈り取られてちりぢりばらばらになっちゃうんだ」
「えっ、なぜなんですか」
「人間たちに、食べられるためさ」
「そんなの、いやじゃないの? だったらぼくと、空へいきましょう」
みかんは静かにかぶりをふりました。
「ぼくらは、人間や動物たちにおいしく食べてもらうために生まれてきたんだもの。それはいやでも、悲しいことでもないんだ」
じゃあ自分は、何のために生まれてきたんだろう。
小さな星はそう考えました。それはみかんに聞いても教えてくれそうにありません。
「もし、友達がほしいなら」
小さな星の気持ちを察して、みかんがいいました。
「街へ行ってみるといいよ。君みたいな小さな星が毎夜きらきらと輝いているって、聞いたことがある」
せっかく話し相手になれたみかんとの別れは名残惜しかったのですが、小さな星は気を取り直して言いました。
「ありがとう、みかんさん。さようなら」
小さな星が街へ向かって舞い上がると、みかんは再び眠りにおちていきました。
いくつかの山を越えてたどり着いた街は、みかんの言ったとおりに、きらきらと輝いていました。でもその輝きはどこか冷たくて、星の仲間たちに囲まれているときのようなぬくもりが感じられません。まがまがしい光に照らされてせかせかと動き回る人々も、小さな星には決して幸せそうには見えませんでした。
「あの人たちも、本当はさびしいんだろうな」
そう思いながらだんだんと街の明かりのほうへ降りていきます。
「あれが、みかんさんの言っていた光かな」
それは、灰色のビルのてっぺんに据え付けられたネオンサインでした。
「こんばんわ。今日、初めて街に着いたんです」
そう声をかけると、ネオンたちは一斉に輝きをまして、小さな星をにらみつけます。
「なんだ、みすぼらしいやつだな」
「薄汚いいなか者め」
口々にののしられて、一瞬ひるんだ小さな星でしたが、すぐこう続けました。
「ぼくは空からやってきた星なんです。どうか、友達になって下さい」
そのとたん、ネオンたちはぴかぴかと光をまして大笑いします。
「おまえみたいのが星だって」
「ちっとも光ってないくせに」
「俺たちの方がよっぽどまぶしいじゃないか」
あれこれとはやしたてられて、すっかり気を落とした星が、空へ帰ろうとしたその時です。ネオンの仲間の一番隅っこに、今にも消えてしまいそうな明かりがひとつだけ、またたいていました。
その明かりはすっかり年老いていて、せき込みながら点滅をくりかえしています。
「ごほん、ごほん。こんばんわ、星くん」
あいさつを返されてうれしくなった星は、急いで年老いた明かりの元へ駆け寄りました。
「こんばんわ、明かりさん」
「ごほん、ごほん。やつらにずいぶん、ひどいことを言われておったようじゃな」
どう答えていいかわからずに星がもじもじしていると、年老いた明かりは続けます。
「少々なまいきじゃが、悪気のあるやつらじゃない。気にせんことじゃ。ごほん、ごほん」
やさしい言葉をかけられて、小さな星はほっとしました。
「気になんかしてません。ただ、街に来るのがはじめてで、びっくりしてしまって」
「わしだって若いときはああだった。夜ごとにせいいっぱい輝いて、太陽にだって負けんと思っていたものじゃ」
年老いた明かりの声は、街のざわめきにかき消されそうなほど弱々しかったのですが、小さな星はいっしょうけんめい、耳を傾けます。
「あいつらにも、いつかわかる日がくる。わしのようになってみてな。ごほん、ごほん」
「明かりさん、お体がわるいようですね。きっと、ここの空気がよくないんです。もしよかったら、ぼくといっしょに空へいきませんか」
小さな星がそう誘ってみると、明かりはいっそう激しくせき込んだ後、答えました。
「ありがたい話じゃが、そうはできんのだ。」
「なぜです。ぼくたちきっと、なかよくなれますよ」
「わしは、たぶん明日になったら消えてしまって、取り外されてしまうのじゃ」
「それならなお、ぼくと空へ」
小さな星がすべて言い切る前に、明かりはこう答えました。
「わしは、わしの生まれたところで静かに消えていきたいのじゃ」
小さな星には、もうこれ以上ことばがみつかりませんでした。
「もう少し旅がしたいなら、海へでもいってみるがいい。きっと、いい友達がみつかるはずじゃ」
年老いた明かりは、それだけ言い終えて、眠ってしまいました。
「ありがとう、あかりさん」
星は、眠りのじゃまをしないように小さな声であいさつをして、街を後にしました。
小さな星は、群青色の大海原にたどり着きました。波がうねっては消え、ぶくぶくと泡立っているそこは、まるでひとつの大きな生き物が呼吸をしているようにも見えました。
「こんどこそ友達がみつかるぞ」
わくわくしながら、海のなかへ入っていきます。
ところが海の中は、暗くて冷たい場所でした。年老いた明かりがいったような、にぎやかなところとはとても思えません。
小さな星ががっかりして帰ろうとした、そのときです。海の底で一匹のひとでが、砂の中へ潜ろうとしていました。
「ちょっと待って下さい」
星があわてて声をかけると、ひとではさも面倒臭そうに、動きを止めました。
「なんだい、せっかく寝ようとしていたのに」
「ごめんなさい。海に来るのは初めてなので、いろいろと聞きたくて」
近くで見るひとではちょうど星と同じくらいの大きさで、形もなんだか似ていました。話し方はぶっきらぼうでも、悪いものではなさそうです。
「海って、もっとにぎやかなところだと思ってきたんです。今日は皆さん、お休みなんですか」
「海がにぎやかだって?」
ひとではわざとおおげさに、あきれてみせます。
「そいつは昔のはなしさ。今では生き物もすっかり減っちまって、この辺に暮らしているのは俺ぐらいなもんだ」
「どうして、生き物が減ってしまったのでしょう」
ひとでは、大きく溜息をついた後、答えました。
「街からやってくる、汚れた水のせいだよ」
悲しさや悔しさがいっぱいこみ上げてきたようなひとでの表情を見て、小さな星は何とも言えない気持ちになりました。
「ひとでさんはひとりぽっちで平気なんですか。よかったらぼくと、空へ行ってみませんか」
「せっかくだけど、断るよ」
今度こそいい友達が見つかったと思っていた星は、意外な答えに驚きました。
「どうしてです。ここにいたらひとでさんだって、具合が悪くなってしまうかもしれないのに」
「ひとでは、海のなかにいるからひとでなんだよ」
ぴんと姿勢をただしたひとでは、たいそう立派に見えました。
「おれは、おれでいたい。たとえここが汚れた海で、退屈な場所でも、だ」
小さな星には、ひとでの言うことが全て分かった訳ではありません。でも、これ以上は何かを聞くよりも、自分で考える事なのだということは感じました。
「ありがとう、ひとでさん。どうかお体に気をつけて」
空へ帰ろうとする星に、ひとではこう言いました。
「星はなぜ星なのか、考えることさ」
小さな星は、ひとでが言った言葉の意味を考えながら、夜空を漂っていました。それは、友達を捜すよりも先に、考えなければいけないことのように思えたのです。なのに、いくら考えても答えはみつかりません。
「ぼくは、なぜぼくなのだろう。今日会ったみんなはなぜ、あんなに堂々としているのだろう」
すこし疲れてきた星が、自分のすみかである遠い空へ舞い上がろうとしたときです。
丘の上に建った小さな一軒家の窓から、女の子の声が聞こえてきます。
「星さん、お願いです。願いをかなえて下さい」
それは、小さな星に向けられた祈りの声でした。
話しかけてみようか。女の子に近づきかけた星でしたが、すぐに思い留まりました。
小さな星には、女の子の願いがかなえられるかどうか、分からなかったのです。
「でもなぜだろう。なんだか気持ちが暖かくなってきた」
女の子の姿を見守りながら、小さな星の心の中はふんわりとした真綿でつつまれたような温もりで満たされていたのです。
「私がお願いした星が光ったわ。きっと、願いはかなうのね」
女の子は安心して、部屋の奥へ姿を消しました。
彼女が何を願ったのかすら、小さな星には分かりません。
「一緒に祈ってあげよう、あの娘の願いがかなうように。ぼくにはそれしか出来ないけれど、それがぼくなんだから」
こんなにちっぽけな自分でも、見つめてくれる人がいた。それだけで、小さな星は満足でした。そして今日考えたことの答えも、少しだけ分かったように思えたのです。
「さあ、眠ろう」
東の空が白み始めました。小さな星は、目を閉じて深呼吸をひとつすると、安らかな眠りにおちていきました。
《おわり》
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星はなぜ、星なのか。
自分はなぜ、自分なのか。
その答えを探す、小さな旅の物語です。
Story & comment by かえる