おふろいぬ

作/katman





ケンゾーは僕の友達です。
昔は僕のおじいちゃんでした。
ケンゾーと友達になったのは3年ぐらい前です。
そのころのケンゾーは、道に迷ったり、お昼ご飯を何度も食べたり
お漏らしをしたりで大変でした。
お世話をしていたお母さんは、かなり疲れていたみたい。
「おじいちゃんのことで、たのんでもいい?」
僕はケンゾーのお世話をする事に。

僕の仕事はいっしょにお風呂に入る事。
ケンゾーは大声を出したり、お漏らししたりするので
お風呂に入れるのは大変。
だからお風呂といってもシャワーだけです。
お風呂に入ってる時、
「おふろいぬー、おふろいぬ〜」
ケンゾーは大声を出しちゃいます。
僕には意味が分からないけど
「お風呂イヤ」って言ってるのかな?

「あんまり気にしなくて良いのよ」
お母さんはそう言います。お父さんは「がんばれよ」って。

でも、僕は「おふろいぬ」を確かめたくて我慢ができません。
そこでケンゾーをよく観察することにしました。
ケンゾーはいつも、体を洗う時に
「おふろいぬ〜」と言い出します。
体を洗われるのがイヤなのかな?って思ってたけど
お風呂場の鏡を見て言っているようにも見えます。
体を洗う時は二人とも泡だらけ。
その泡が犬の白い毛に見えているのしれない、
僕はそう考えました。
ためしにシャワーで曇っている鏡をきれいにしてみると
「おふろいぬ〜」とケンゾーの大声が。
僕の考えは当たっていたようです。
次の日、ケンゾーの体を洗っているとき
「おふろいぬ」が聞きたくて、
曇った鏡をタオルでふいてみました。
もちろん、二人とも泡だらけのまま。
「・・・・・・」
ケンゾーは鏡をじっと見ています。
泡だらけの体を見ても、ボォーとしています。
また鏡が曇ってきたのでシャワーできれいにしてみると
「おふろいぬ〜」
とケンゾー。
僕は分からなくなりました。

そのとき
「おふろいぬ!おふろいぬ!」
ケンゾーがお風呂場の天井を見上げて
大声を出しはじめたんです。
僕も見上げてみると白いかたまりが。
目をこらしてみると、
そこには白い湯気が固まって出来た「いぬ」がいました。
体が長くて、足の短い「いぬ」です。
これが「おふろいぬ」なのかな?
シャワーから出る湯気の中をゆっくりと歩き出しました。
そして、こっちを向いて口をパクパクッ。
僕たちに吠えているようです。
ケンゾーも負けずに
「おふろいぬ、おふろいぬ」
と大声を出します。

おどろいた「おふろいぬ」はお風呂場の中を走り出しました。
壁を駆け上がったり、天井を逆さまに走ったり。
あっちこち走り回るので、僕やケンゾーに当たりそうになります。
僕の手にぶつかったので、捕まえようとしたらワキの下をスルリ。
今度はケンゾーの方へと走り出しました。
足に飛び乗ると、お腹、右腕、左腕と駆け上がります。
そして、頭の上にちょこんと座り大きなアクビ。

「っくしょっん!」
ケンゾーの大きなくしゃみ!
「はっくしょん」
これは僕のくしゃみ。
ケンゾーと僕は体がブルブルッ。
ずっと「おふろいぬ」を見続けていたので、
二人とも体が冷えてたみたいです。
ケンゾーの方を見ると頭の上の
「おふろいぬ」がいません。
くしゃみにびっくりして、
天井のすみでうずくまっています。
僕たちはまた体がブルブル。

それを見ていた「おふろいぬ」が真似をしはじめました。
体をブルンブルンとふるわせて。
それはだんだん速くなっていきます。
すると、その体が少しずつ湯気に戻り出したんです。
湯気はシャワーとなって降り注ぎ、
僕たちの冷えた体を包みこみました。
泡もとれて、二人の体はほんのりピンク色に。

ポターンポターン。
天井から「おふろいぬ」の残りが落ちています。

「おふろいぬ、消えちゃったね」
湯気の中にも姿は見えません。
もう会えないのかな?
そう思うと少しだけさみしくなりました。
でも、ケンゾーはあまりさみしくはない様子。
「温かいな、おふろいぬ」
そう言うとニッコリして天井を見上げていました。

この日から僕の仕事はなくなりました。
だって、仕事じゃなく、遊びの時間になっちゃったからです。

さあ、そろそろ呼ばなくちゃ。
ケンゾーと体を泡だらけにして。
二人だけの友達を。
「おふろいぬ、おふろいぬ」


 


《おわり》





comment



現在実家で同居している祖父(97歳)との思い出を書いたものです。
私が子供の頃、一緒にお風呂に入った時の思い出と
実家の母が祖父をお風呂に入れている様子を
イメージしてこの作品が出来あがりました。
これを書いていた時は、まだ実家に戻っていなかったので、
電話で母に祖父の様子を
聞きながら仕上げていったのを覚えています。
実際のお年寄りの介護はこのお話より、もっと大変です。


Story & comment by katman(カットマン)



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