風女

作/杉本柚(すぎもとゆず)


 

牧原は女子アナである。女子アナは取材である。今日も朝っぱらから車に揺られ、今
は昼。子供が走り回り突撃してくる中、負けない笑顔を浮かべ彼女はカメラに向かっ
ていた。
会場の牧原さーん。お約束の呼びかけが聞こえる。
「ハイ、こちら素人発明選手権大会の会場です。この体育館は小学生以下の部。みん
な思い思いの発明品を手に集まっています。いろいろありますよー。小さなものから
大きなものまで盛りだくさんです。お話を伺って参りましょーう」
まずは無難なところから、と目をつけていた女の子の二人組に近付く。テーブルの中
央にかき氷機を横倒しにしたようなモノが置いてあり、野菜がそれを囲んでいた。
「これはなんですか?」
「皮むき機です。大根とか、人参とかの、皮をむきます」
一人が緊張した声で答え、もう一人が実演して見せてくれた。とてもかわいらしい、
女の子らしいアイディアが微笑ましい。テレビの前の奥様うけがいいだろう。
じっと見つめている目に気付き、牧原は隣へと移動した。対称もよろしく男の子の二
人組だ。
「乾燥機です。オレ、考えました」
「すごいんです、オレ、作りました」
明らかに兄弟という顔の二人が、どちらがカメラに近付くかを張り合いながら叫ん
だ。ケンカになってはたまらんと、牧原はフォローの発言を挟む。
「二人でがんばったんだねー。どうやって動かすの?」
結合された八台のラジコンカーが、タオル掛けを載せられて走り回る大発明。通常よ
りは早く乾くかもしれない。会場に大人たちの笑い声が広がり、和やかな雰囲気が高
まってきた。
この仕事はいい。牧原は確かな手応えを感じながら、次のターゲットを求めて視線を
走らせた。そろそろ大きなものはどうだろう。すると目に止まったものがある。
 いくつものブースをぶちぬいて、そびえているものがあった。大きいと言うよりは
巨大。二メートル近くはある卵形の物体からは、多種多様のコードが延びている。そ
れらが繋がる先に数々の装置。なにやら異様なオブジェのように見えないこともな
かった。
「これは……、なんでしょう。外からじゃさっぱりわかりませんね。えぇと、作った
のは――」
まさか違うだろうと考えていた目の前に立っていたお嬢ちゃんが、卵の後ろに走りこ
み、男の子の手を引いて戻ってきた。四年生くらいの、痩せた子供。
「ぼく?」
「はい」
「とても大きいね。何をするためのもの?」
「地球を入れてあります」
「地球?」
銅版に包まれた卵を、カメラはアップで映し出した。牧原は太いコードをまたいで近
寄り、覗ける場所はないかと探したが、板は厳重に張り込まれている。ビデオデッキ
に似た機械から身を乗り出してみれば、卵の向こう側にはさらにもう一つの卵があっ
た。複雑に組まれている装置は、いったい何だろうか。この中に地球?
「風が起きるのは地球の自転とかのためなんだって聞いたから、それ作ったら、風が
作れると思ったんです」
語る少年の声のしっかりさに少々怯み(ひるみ)ながら、牧原は振り向いた。途方もないものに
手を出してしまったかもしれない。言っていることがわからない。収拾がつかなくな
る悪い予感がする。
「風を作ったの?」
「そうするつもりだったんですけど、ちょっと予定が違っちゃったし、試運転してな
いから、どう動くかわかんないけど」
 自信のなさそうな言い方が、小学生だということを思い出させた。牧原は余裕を取
り戻し、にっこり笑いながら一番手近にあった黄色いボタンに手を伸ばした。小学生
ごとき。あしらえなくて、女子アナか? などと考え、
「スイッチこれ? 扇風機みたいなのかな?」
ぷつん。軽すぎるボタンだった。
「あ」
 つぶやいた少年の顔は、二つにも三つにも見えていた。足元の白い板と頭の上の鉄
の管が、ぶるぶると震えている。牧原は自分だけが揺れていることに、気が付いた。
集まっている人たちは、自分の身だけに注目している。
同時に上に引っ張られるような感覚が、続いて足元に崩れ落ちるような感覚が、さら
に両横に伸びてゆくような感覚が、次々に襲いかかってくる。続いて渦巻きに吸い込
まれるような感覚が。
「ななななにこれ」
「それは構成物質の分解層で、ヒトをばらばらにして作り直しを」
「ぶぶぶ分解?」
「しないと飛ばないから空気に近くして、それでこっちのスイッチ入れて地球を回し
て。地球は大きさは小さいけどできるだけ重さは残してるんです。あと、こっちの重
力装置が」
 少年が青いボタンをぎゅっと押すと、モーター音が響き渡った。横のレバーを前に
と倒し、下のハンドルを左に回す。
その様子を牧原は横から見ていた。少年が床に置かれたペダルを踏み込む次の動作
は、上から見ていた。赤いつまみをメモリ三と四の間に微妙に調整するのは、見上げ
ていた。黒いコードを組み直すのは、手元を覗き込んでいた。
 会場がどよめいている。カメラが彼女を探している。レポーターの姿が消えたなん
ぞ、奥様たちは信じやしない。私だって信じやしない――牧原は思った――だが彼女
は分解されたのだ。こうしてふらふらと空気の中をさまよっている。


「しまった」
少年がつぶやいた。銅板に組み込まれた温度計を見ている。室温はぐんぐん上がって
いた。この装置は作動時には熱を放出するらしい。
「窓閉めてやれってお父さんに言われてたんだった」
良い季節の中、体育館の並ぶ窓はすべて全開となっている。
少年のごめんなさいの顔を見て、牧原は真っ暗になった。真っ青になった。どう変化
しようが、確認できない身の上ではあるが。これから何が起こると言うのだ。
 地表が強く熱せられるとき、そこには生まれるものがある。それは上昇気流と呼ば
れ。
高く天空へと舞い上がる牧原の耳に、かろうじてスタッフの声が聞こえた。
「以上、現場からお送りしました」
以上かい。


  
  《了》



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秋の果て無き空の果てを目指し、舞い上がりたいという思いを表した作品。
漂う冷たいほど澄んだ大気を感じてください。

Story & comment by 杉本柚

<conan@dc4.so-net.ne.jp>



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