クプカのにじ
文と絵・むらた あけみ
第11章 鍵 - kagi -
らせん階段のようにぐるぐる回り込みながら、階段はどこまでもつづいているように見えました。まっ暗な通路にポッと光りの輪をともしながら、すき通った鳥はピョンピョンと階段を降りていきます。その姿はまるで『おばけランプ』のように見えます。
いったい、どれくらい階段を降りたでしょう・・すき通った鳥のジャンプが、ようやくおさまりました。リトたちは、ふりまわされた水筒の中にいたようなものですから、まだフラフラしています。すこし落ち着いて、まず最初にふたりが見たものは、そびえ立つ巨大な石の扉でした。トビラには、見たこともないような紋様や、文字のようなものが、ギッシリと彫り込まれています。
「クルクックール」
すき通った鳥が、ひと声たかく鳴きました。
この鳥が鳴くのを聞くのは、ふたりともはじめてです。湖面をわたる風のように、澄んだ鳥の鳴き声はさざなみをたててひろがり、こまやかな振動がひたひたと、クプカたちのからだにも伝わってきます。鳥の鳴き声に反応するように、トビラに刻まれた文字や紋様たちが、はげしく点滅しはじめました。まるでトビラは、複雑な信号か何かを解読しているようです。
『ガチャッ』
とつぜん、重々しい音がひびきわたりました。
まるで、正しい鍵が鍵穴をさぐりあてた瞬間のようです。巨大な石のトビラはゆっくりと、ふたりの目のまえで開きはじめました。トビラのすきまから、光りがあふれだしてきます。まぶしさに、クプカとリトはおもわず目をとじました。おそるおそる目をあけて、明るさに慣れてくると、あたりのようすがしだいに見えてきました。
こんな不思議な部屋を見るのは、はじめてです。
反対がわのカベのようすがさだかに見えないほど広く、部屋は、まるい形をしていました。見上げると円形のドームのような天井がぼんやりと見えます。
ただし、それを天井と呼んでよいものかどうかさだかではありません。
すこしずつ表情をかえながら、それはうっとりするほど美しい色をたたえて、空のように広がっているのです。
それにしても、この部屋のカベや床は、どんな素材でできているのでしょう?どこか絹に似た光沢をもっていますが、人間たちがつくった船や建造物で、かつてクプカが見たどんな素材とも違うように思えます。
「クプカ、すいぶんとかわった部屋だね・・・」
キョロキョロと珍しそうに見わたしながら、リトがつぶやきました。
けれど、もっと部屋を観察する時間はすぐになくなりました。すき通った鳥が部屋のまんなかにある丸い台のうえにピョンととびのったのです。
とたんに、天井のドームにとつぜん光りのうずのようなものが浮かびあがりました。そして、そこから七色の光のシャワーが丸い台のうえにふりそそいできたのです。
それはまるで“にじ色の光りの滝”のようでした。光りの滝は、はるか高いところからものすごいいきおいで、落ちてきます。
どうしたのでしょう・・・その光りをあびているうちに、クプカとリトはきゅうにねむたくなってきました。
目がさめたとき、ふたりはあいかわらず丸い台のうえにいました。
あの七色の滝は、もうとまっています。はじめは、ねむるまえとなにひとつ変わっていないように思えましたが、どうも何かへんです・・・まえよりも、やけにものが“くっきりと”見えます。
鳥のヒフごしに見ていた、あのうすぼんやりとした感覚がなくなっていました。
「クプカ起きて!ほら見てよ!
ぼくたちもう、鳥のおなかの中じゃないよ!」気がついたリトが大声をあげると、まだボーっとしていたクプカも、おもわず目をさましてたしかめました。たしかに、もう鳥のおなかの中ではありません。
ただ不思議なことに、鳥のカラダの中にいたときとおなじように、あいかわらず空中にただようことができます。それに、呼吸も苦しくはありません。まるで、海の中にいるのと変わらない快適さでした。
・・ということは、やはりココは『クプカの思い出の世界』なのでしょうか?
今までの経験からいえばそういうことになりますが、いくら思い出しても、こんな部屋はクプカの記憶の中にはありませんでした。
「とりあえず、鳥のからだから出たのなら
現実の世界にもどれるかもしれないな」そう思ったクプカは、目をとじて意識を集中しました。けれど、にじ色のコウラは、時間旅行のしかたをすっかり忘れたようにピクりともしません。
「おっほん」
そのときです。うしろでとつぜん咳払いが聞こえました。
ギクッとおどろいてふりかえったふたりは、その声の主を見て、もっとおどろきました。
なにしろ、あの“すき通った鳥”が、そこに立っていたのですから・・・。
鳥はまえより、うんと小さなカラダになっていました。ガラスのように透明だったカラダも、すこしずつ色がつきはじめ、いくらか鳥らしい姿になっています。
ただ、どこかとぼけたあの顔だけは、あいかわらずでした。
「ヒャーッ!」
鳥と目を合わせたとたん、リトはまるでお化けにでも会ったように、クプカの影にかくれました。またのみこまれては、かないません。
「フォッフォッフォ、だいじょうぶですよ、
わたくし、もうおなかはへっていませんからね」ぷよぷよしたカラダをふるわせて、鳥がゆかいそうに笑いました。
それから、ふいにまじめな表情になると、片方のつばさを胸のところにあてがい、まるで貴族の館につかえる執事のように、うやうやしく古風なおじぎをしたのです。
「クプカさま、リトさま、よくいらっしゃいました。
わたくし、この日がくるのを、
どんなにかお待ち申し上げていたことでしょう。まずは、わたくしに名のる栄誉をお与えください。
わたくし“グノモン”と申します。どうぞよろしく」
「グノモン?なんか、へんな名まえ・・」
さっきまでこわがっていたのも忘れて、イルカらしい好奇心から、顔をのぞかせたリトが言うと
それは心外・・・というようにグノモンが答えました。「グノモンという名は“記念すべきあるもの”から
ちょうだいした名まえなのでございますよ」「へーっ、その“記念すべきあるもの”ってなんなの?」
リトがまた聞くと、グノモンは、うえを見上げました。
見ると、大きなシャボン玉のような透明な球体が、ふわふわと天井からおりてくるではありませんか。
それはクプカたちの目の前にくると、ポッカリ浮かんでとまりました。
「さあ、この玉のなかをよーくごらんください。これがグノモンです」
見ると、玉のなかに何やら映像が浮かびあがっていました。
太陽が照りつける白く焼けた大地が見えます。
そこに、腰まきのようなものだけを身につけた人間がひとりやってきました。
木でつくった長い棒を、その手にもっています。その男は、土のうえにその棒を突き立てました。
「ねえ、いったいどれがグノモンなの?」
リトが、けげんそうにたずねると、
「ほら、その棒ですよ」
くちばしで指し示しながら鳥が答えました。
太陽の光りをうけて、大地に突き立てられた棒は、
地面に、黒い影をのばしています。
「なーんだ、グノモンってただの木の棒なのか」
リトがつまらなさそうに言うと、
「とんでもない、棒は棒でもそんじょそこらの棒とはわけがちがいます」
もともとまるい目をもっと丸くして、鳥は説明をはじめました。
「そもそもグノモンとは、
地球上でヒトという種が、はじめて“時間”という概念をもったときの
象徴的な存在なのであります。つまりこの棒は、影の長さで時間を知るための
いわば、さいしょの“時計”というわけですな」「ふーん」
わかったのかわからないのか、リトはしきりに球体をのぞいています。
そんなグノモンとリトのやりとりを聞きながら、クプカは、コウラにすこし首をすくめて、さっきからもの思いにふけっていました。
首をコウラからつきだしたとき、クプカはしずかに話しはじめました。
「グノモン・・(きみのこと、これからそう呼んでもいいのかな?)
すこし話しを、聞かせてくれないか?
わたしはいま、とても混乱している。
なにしろ、あまりにも、いろんなことがおこりすぎたからね。
それに、わからないことだらけだ。
君の存在、この不思議な部屋・・・だがそのなかでも、わたしがいちばん知りたいのは、
なぜ、わたしが“とくべつなウミガメ”に
なったかということなんだ。わたしが生きつづけてきたことに、
何か意味があったのだろうか。わたしはこの疑問を、ずっと考えつづけて生きてきたよ。
満月の夜がくるたびに、くりかえし夜空に問いかけてね・・。グノモン、ひょっとしてきみなら、この疑問に
答えられるんじゃないだろうか?」
その声は、ふかい海の底までとどきそうなほど心にしみるひびきでした。
『こんなクプカの声を聞くのは、はじめてだ』
聞いているうちに、リトも胸がくるしくなったほどです。
ひろい海のなかで、たくさんのものたちと出会い、別れ、ひとり取り残されてもなお、生きつづけなくてはならなかったクプカの想いは、いったいどんなものだったのでしょう。
グノモンを見ると、彼の顔も、涙でクシャクシャになっています。
「クプカさま、どんなにか淋しく孤独なときを過ごされたことでしょう。
ただ、 なにもかもいちどにご説明するのはとてもむつかしいのです。
いま、わたくしにお伝えできることは、クプカさまが生きつづけられた時間は、
かけがえのない尊い時間だったということです。偉大なる使命のために、
“とくべつなウミガメ”にえらばれたのですよ」
グノモンはそう言うと、羽で涙をぬぐって顔をあげました。
それから、ふたりをいざなうように片方のつばさをひろげ
先導するように歩きはじめたのです。