夢夜森

―ゆめよもり―


Story & C.G. by Akemi Murata


『ここより先、夢夜森(ゆめよもり)

そう書かれた古い木の立て札が、森のとっかかりに立っていました。

ひとりの少年が、そのまえにたたずんでいます。

ある夏の昼下がり、青空には入道雲がもくもくとわきあがり、
セミの声はジリジリと風のない真夏日をきしませています。


少年の麦わら帽子は、焼けたとうもろこしのように熱くなっていました。朝からずっと、つよい陽ざしの下で虫採りアミを手に、白く照り返す道を走り回っていたのだから、むりもありません。

そもそも彼には、夢中になるとまわりが見えなくなるクセがありました。

そのクセは、父さんや母さん、学校の先生からもなんどとなく注意されたのですが、なかなか直りません。もちろん少年だって直そうと思うのですが、たいていはワクワクすることが起こって、またすぐ夢中になってしまうのです。

この日も、虫を追いかけているうちに、こんなに遠くまで来てしまいました。
いっしょにいた友だちとも、いつの間にか、はぐれてしまったようです。


けれど少年は、くよくよするようすもなく目のまえの森を見つめています。
それにしても、夢夜森(ゆめよもり)とは、ずいぶん変わった名の森です。

「ゆめよもり、ゆめよもり...」

立て札を見つめながら何度かその名をつぶやいてみました。

すると、森のおくからふいに、すずやかな風が吹いてきたのです。
風にさそわれるように、少年は“夢夜森”に入っていきました。


、なんて気持ちがいいんでしょう....
ひんやりとした森の冷気が、少年のほてった体をさましてくれます。

うっそうとしげる木々で中はうす暗く、さいしょはよく見えませんでしたが、目がなれるにつれ、森のこまやかな表情が、すこしずつうかび上がってきました。

こもれびが、はるか高いところから星くずのように降りそそいでいます。地面には、ふかふかのコケが光沢(こうたく)や色を、びみょうに変化させながら広がっていました。


少年は、虫カゴと布製の袋を胸のところでバッテンに交差させ、肩にかけています。虫カゴには、きょう採ったばかりのセミや美しい羽根の蝶が数匹入っていました。そして布袋には、おむすびと水筒が入れてあります。そういえば、昆虫採集に夢中になっていてまだ昼ごはんを食べていません。

太い木の根もとに腰かけると、彼はおそい昼食をとりました。

お腹がふくれると、きゅうに眠くなって少年はよこになりました。
心地よい風も吹いているし、やわらかなコケのベットまであります。


どれくらい眠ったでしょう・・・少年は夢を見ていました。

美しい花園に迷いこんで、見たこともないキレイな蝶たちをつかまえようと追いかけている夢です。ところが夢のなかの蝶は、少年の虫採りアミに入ったとたん、なぜかみんな絵の具のように溶けだしてしまいました。流れ出たとりどりの色たちは、アミからこぼれ空にのぼって行きます。その行き先を見あげると、空にはいま、おおきな七色の虹が生まれるところです。


そこで、夢はさめました。

たいていの夢は、目がさめたとたん泡のように消えてしまうものですが、この夢の記憶は、体にまとわりつく水草のように残っていました。少年は、まだ眠りの海にからだ半分つかったまま、うとうととまどろんでいます。

ところが突然、奇妙な声が聞こえてきたのです。
その声はこう言っていました。


「夢を採らせてしんぜましょー、夢採りアミはいらんかねー」

ことばの最後をながく伸ばした、物売りどくとくの歌うような口調です。
少年は目をこすりながら起きあがると、声のする方をふりかえりました。

するとどうでしょう。


眠るまえにはなかった店が、いつの間にか森のなかに出来ていたのです。寄せ木細工のようにちがう木を組み合わせて造った店で、屋根には、まる、さんかく、しかく、いろんなカタチの張り出し窓がついています。どうやら、少年が持っている“虫採りアミ”のようなアミをたくさん売っている店のようです。軒先には、たくさんのアミがぶら下がっています。よく見ると、

『夢採り屋 −ゆめとりや−』 という看板がかかっていました。

老人がひとり、店先に腰かけています。着ているものや帽子、顔や手足までもが古びた木で出来ているのかと思うほど、しっくりと店に溶け込んでいます。

老人は、のんびりとあの呼び声をあげていました。


「夢を採らせてしんぜましょー、夢採りアミはいらんかねー」

“夢採りアミ”なんて言葉、聞くのははじめてです。
少年は、けげんそうにその店のまえに立つと、老人にたずねました。

「おじいさん、それは虫採りアミじゃないんですか?」

すると少年が来るのを待っていたというように顔をあげて、老人は言いました。

「おや、やっと、お目覚めだね」


はじめて出会うはずなのに、少年のことを何でも知っているといった顔つきです。
おじいさんは、店に飾ってあるアミのひとつを手にとるとこたえました。

「これは“虫採りアミ”なんかじゃない。
 まぎれもなく“夢採りアミ”じゃ」

「夢採りアミ?」

「そうとも、おまえさんが手にもっているアミは
 虫を採るためのアミじゃろ?
 おなじように、この店にあるアミは、
 夢を採集(さいしゅう)するために存在しておる」

「夢って、眠ると見る、夢のこと?」

「そうとも、さっきまで、おまえさんも
 あの木の下で見ておっただろ?...その“夢”さ」


少年が夢を見ていたことを、なぜこの老人が知っているのでしょう?

『眠っているところを見ていて、あてずっぽうを言っているんだろう』

そんなことを、少年がこころのなかで思ったときです。
おじいさんはニヤッと意味ありげに笑いました。


「ほら、おまえさんの見た夢も、ちゃーんと採っておいたぞ」

そう言うと、よこに置いてある大きな壷(つぼ)を引き寄せ、フタをさっと取りました。
老人にうながされ、つぼの中をのぞき込んだ少年は、おもわず息をのんだものです。


なんとそこには、さっき夢で見た、あの美しい花園がひろがっているではありませんか。しかも色とりどりのかわった蝶たちも舞っています。蝶を追いかけている少年も見えました。そう、それはまぎれもなく、少年自身です。

蝶をアミに捕らえると、絵の具のように流れ出しのぼって行くところも夢のまま....空にかかりはじめた大きな虹も、さっき見た夢とまったくおなじではありませんか。


『ぼくはきっと、まだ夢を見ているんだ』

少年はそう思いました。けれどどこかで“夢を採るアミ”が本当にあったら、どんなにステキだろう...とも思いました。いつも目が覚めたら、たちどころに消え去ってしまう夢をつかまえて、何度でも見たり味わったりできるなんて、考えただけでもワクワクします。


そんな少年の気持ちを読みとったように、老人はだまって店に置いてあるアミを一本えらぶと、少年に手わたして言いました。

「このアミと、その手にもっているアミを交換してあげよう。
 どうやらおまえさんは、夢中になる名人のようじゃ。
 その性分(しょうぶん)を生かせば、いつか
 “夢採り名人”になれるかもしれぬ...。
 じゃが、これだけは言っておくぞ。夢をあなどってはいかん。
 よいか?夢と現実の世界はふたつでひとつなんじゃ。
 けっして、どちらかを、おろそかにしては、いかん!」

それから老人は、少年を森のはずれまで見送ってくれました。


“夢夜森”が見おろせる丘まできて、少年がふりかえると、
 森は夕暮れのなかに浮かぶ、大きな島のように見えます。


その夜おそくなって、少年はようやく家にたどりつきました。

あんまり息子の帰りがおそいので、父さんと母さんはしんぱいして「いったい、どこまで行っていたのだ?」とたずねました。ところが“夢夜森”まで行っていたと少年が答えると、ふたりは顔を見合わせ首をかしげています。

母さんが、しんぱいそうに言いました。

「おまえ、あまりの暑さできっとどこかに倒れていたんだろ...
 夢夜森(ゆめよもり)なんて森、いくつ山を越えたって
 この辺りにあるなんて話し、聞いたこともありませんよ」

こんどは父さんが、少年の持っている虫カゴを持ち上げて言いました。

「昆虫採集していたと言うが、虫はどうしたんだ?
 カゴのなかには、一匹も入っていないぞ」

少年もおどろいてカゴをのぞき込みました。

たしかに入っていたセミや蝶の姿が消えています。
父さんや母さんが言うように、少年はどこかで倒れて長い夢でも見ていたのでしょうか?

『きょうあったことは、ぜんぶ夢だったのか...』

自分でもわけがわからなくなって、少年がぼんやりしていると、父さんと母さんは、やさしく言いました。

「とにかく、今日はもうお休み」


ひどく疲れていたのでしょう。少年はその夜、すぐ眠りにおちました。
すると夢のなかに、またあの老人が現れたのです。


老人は“夢採りアミ”を手に、森のなかで微笑んでいました。
こもれびのように天上から老人の声がこぼれ、こだまします。


夢をたがやせ、夢を掘れ

夢には宝が埋まってる


夢を信じろ、信じすぎるな

夢とあそべ、もてあそぶな


まどわされるな、おびえるな

夢となかよくつきあえば

夢は豊かにしてくれる


だいじなことは目覚めている時

せいいっぱい生きること



“夢採りアミ”を小旗(こばた)のように振りながら、
老人の姿はしだいにうすくなり消えて行きました。
ただ、あの店は木々のすきまにのぞいています。

『夢採り屋』という看板も見えました。

おや、あれは店のしるしでしょうか?・・看板には、
あの夢が入っていた『壷(つぼ)』の絵が描かれています。


少年がすやすや眠るベッドのよこには、からっぽの虫カゴがころがり、
あのアミがカベにたてかけてありました。

窓からさしこむ月のひかりが、ぼんやりアミを照らし出しています。

いっぴきの蝶が、窓のすきまから舞い込んで来て、ひらひらと少年のうえを飛んだあと、
たてかけてあるアミの柄(え)のところに止まりました。
すこし休んだあと、またふわりと舞い上がり、そとへ飛び去って行きます。


あすの朝、少年は気づくことでしょう。

アミの柄(え)のところに刻まれた
(つぼ)のしるしに...



【END】





Comennt


さて、少年はこれからどうなるでしょう?
夢採りアミはどんな夢を採るのかな?

それはまた、つぎのはなし....


夢日記、夢占い、夢判断
いろんなことを耳にしますが

人生のはんぶんを過ごす夢

うまくつきあいたいですね、いつか

“夢採り名人”になれるかな?


Akemi



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