「クリスマスイブのお客さま」   ひなた




初めて教えてもらったのは、5才の時。

「ねぇ、おとうさん」
「ん?」
「クリスマスケーキ、いっこのこってるよ。おみせにださなくていいの?」
「ああ、いいんだよ。これはね、たいせつなおきゃくさまのものだから」
「おきゃくさま?」
「うん。クリスマスイブのひにね、かならずきてくれるおきゃくさまがいるんだ。そのひとのためのケーキなんだよ」
「ふうん。でも、あゆみ、そんなひと、あったことないよ」
「……あえるよ。いつかね」
そう言って、お父さんは笑った。

それはクリスマスイブの日。
あゆみの家には、特別なお客さまがくるらしい。
……あゆみは一度も、会ったことがないけれど。



きーんと冷えて、今にも雪が降りそうな空。
あちこちで見かけるクリスマスツリーの灯りが、とっても暖かそうに見える。
今日はクリスマスイブだ。
街中みんな、どこかうきうきしている。
あゆみの家は、小さなケーキ屋さんをしていた。
だから、クリスマスイブの日は、朝から、うんといそがしくなる。
その上、強力な助っ人のお母さんが、昨日から風邪で熱を出してしまったのだ。
お父さんとお母さん。そして、あゆみの3人でお店をしているから、1人いなくなると大変で。
いつにもまして、朝からばたばたしていた。
でも、やらなきゃいけない。
予約も、いっぱい、入っているのだ。


「あゆみ、ごめん。このボールも洗っといて」
「うん」
ぷうんと、甘いにおいがする厨房の流しに立って、
あゆみは、ごしごしと洗い物をしていた。
お父さんは、昨日のうちに作っておいたスポンジの上に、白い生クリームをぬっている。
真剣だ。
あゆみは、そんなお父さんの顔が好きだった。
もちろん、ケーキもだけど。
お父さんの作るクリスマスケーキは、生クリームとイチゴがのっているやつだ。
そして、天使の羽の形をしたホワイトチョコレートの板に、
「Merry Christmas」
って、チョコレートで書いてあるんだ。
生クリームのホイップは、ピンと立っていて、イチゴはつやつやしている。
白い雪の上に、真っ赤な花が咲いているようで、あゆみはこのクリスマスケーキが好きだった。
でも、
あゆみは、本当は、クリスマスがあんまり好きじゃなかった。


普通の家では、クリスマスイブには、お母さんがおいしい料理を作ってくれて、それをみんなで食べて。
それから、プレゼントをもらって、最後にとびっきりのケーキを食べるけど。
あゆみは、そんなゆったりとした、クリスマスイブをすごしたことがない。
お父さんもお母さんも、いつもいつもケーキ作りにいそがしくて。
ケーキが全部売れる頃には、あゆみは疲れて寝てしまうんだ。
それに、クリスマスケーキも、あまり食べたことがない。
家で食べる最後の1個まで、お客さんにあげてしまうから。
お父さんの作るクリスマスケーキは、本当においしいって、みんながほめてくれる。
うれしいよ。とっても、うれしいんだけど。
ちょっとさみしいのは、何でなんだろう。


あゆみは、ふうっと溜息をついて、洗い終わったボールを、水切り台の上にそっと置いた。
そして、顔を上げ、ふとドアを見る。
そのドアの向こうでは、お母さんが眠ってるんだ。
「だいじょうぶかなぁ」
いつも元気なおかあさんが、
ずっとベットに入ったまま出てこない。
熱も高くて、真っ赤な顔をしていた。
食欲もない。
『あゆみ、ごめんね。手伝えなくて』
と、辛そうな顔で言うから、
『あゆみ、もう4年生なんだから、だいじょうぶだよ。ほら、寝てて』
と、強がってしまった。
本当は、心細かったのに。
あゆみは、ふるふると頭を振った。
机の上には、クリームで真っ白にぬられたスポンジが何個も並べられ、最後の飾り付けを待っている。
がんばらなきゃ。
「あゆみ、これも洗って」
「はい!」
あゆみは、よしと力を込めた。



お昼の時間になった。
あゆみとお父さんは、お父さん自慢のオムライスを食べながら、ほっと一息ついていた。
もう少しで、お店を開ける時間だ。
いそがしくなるぞ。
と思いながら、あゆみが野菜サラダをもぐもぐ食べていると、
冷蔵庫の上に置いてある、1個のクリスマスケーキに気がついた。
やっぱり、今年もおいてある。
今年最初にできたクリスマスケーキが、お皿の上にちょこんとのってあった。
あゆみがイチゴをのせたやつだ。
「ねえ、お父さん」
「んー?」
お父さんは、フライパンを片付けていた。振り向かずに返事をする。
「あのクリスマスケーキのお客さまって、どんな人なの?」
「ああ」
今度はお父さん、振り向いた。にっこり笑う。
「とっても、かわいい子だよ」
「女の子なの?」
「かな?」
ふふふとお父さんは笑った。
何だかごまかされたみたい。
あゆみはちょっとくやしくなって、さらに聞いてみた。
「本当にいるの?あゆみ、1度も会ったことないよ」
「いるよ。とても大切なお客さまなんだ」
タオルでぬれた手をふきながら、お父さんはあゆみの前に立った。
そして、あゆみの頭をくしゃりとなでる。
「その子はね、お父さんのクリスマスケーキがとても好きなんだよ。
だから、毎年、毎年、食べに来てくれるんだ」
と、ほこらしげに笑うお父さん。
あゆみもね、いつか会えるよ。
お父さんは、そう言うけど。
お父さんが、うそをつくはずがないけど。
でも、
どんな子なんだろう……。


お昼の時間も終わり、太陽がかげり始めると。
お店にたくさんのクリスマスケーキが並んだ。
つやつやのクリスマスケーキ達。可愛い箱に入って、自分の出番を待っている。
そして、お父さんが、お店の中に立っている、あゆみぐらいの高さのクリスマスツリーに灯りをつけた。
ちかちかと揺れる光に照らされて、クリスマスケーキはほこらしそうだった。
そろそろお客さんが来るころだ。
その前に、あゆみはトイレに行っておこうと思った。
いそがしくなると、なかなか行けないもんね。
「お父さん、あゆみトイレに行っていいかな?」
「ああ、行っといで」
「うん」

ぱたぱたぱた。
あゆみはトイレを済ませ、急いでお店に戻ろうとした。
しかし、ある部屋の前に来ると、ぱたりと足を止めてしまった。
お母さんの部屋だ。
「お母さん、まだ寝てるかな」
風邪がうつるといけないからね。入っちゃだめよ。
そう、お母さんに言われていたけど。
……少しくらいなら、いいよね。
あゆみは、そおっと、そのドアを開けた。

カーテンが閉まって、
真っ暗な部屋の中。
手のひらにのるくらいの、青白い小さな光。

あゆみは、こくりと、つばを飲み込んだ。
ベットの上では、母さんが眠っている。
苦しそうに、大きな息をついて、
とても、とても、しんどそうだった。
その母さんのひたいの上に、
それは、ふわふわと浮かんでいたんだ。

青白い光の中で。
さらさらの金の髪。
白いドレスに、
白い羽。
両手に小さなピンクの花束を持って、その子は浮かんでいた。
心配そうに、お母さんの顔をのぞきこんでいる。
そして、よしと頷くと、持っていた花束をお母さんに向かって、ふわりと投げた。
きらきら、きらきら。
花束は光の粒になって、お母さんの体に吸い込まれていく……。

あゆみは、目をごしごしとこすった。
でも、その子は消えなかった。
夢でも、幻でもない。
本物だ!
びっくりして、あゆみの体は、石のように硬くなってしまった。
動けない。
ど、どうしよう。
あゆみが泣きなくなったその時、
その子はくるりと振り向いて、ふわりと笑ったんだ。
そして、
「いつもありがとう」
その子は、笑顔に負けないくらいの可愛い声でお礼を言って、すっと、消えてしまった。


何が起こったんだろう。
あゆみはしばらく固まったままだった。でも、
「ん……」
と、お母さんの声にはっとして、ようやくあゆみは動くことができた。
あわててお母さんの側へ駆け寄り、そっと、話しかける。
「お母さん」
よく見ると、お母さんの顔は穏やかな優しい顔になっていた。
落ち着いていて、呼吸をするのも楽そうで。
あゆみは、ひたいにのってあったタオルをそっとはずし、手を当てる。
熱がさがっていた。
何で?あんなに、苦しそうだったのに。
あゆみは、もう一度タオルをお母さんのひたいにもどし、こっそりと部屋を出た。
そして、大きく深呼吸をすると、お店に向かって一目散に走り出した。

「お父さん。お父さーん!」
「どうしたんだい。あゆみ」
バターン!
大きな音を立てて、ドアが開いた。
そこから出てきた、真っ赤な顔をしたあゆみに、お父さんは驚いていたけど、
あゆみはかまわず、騒ぎ立てた。
「あのね、あのね、天使がいたの。お母さんの部屋に!」
「え?」
「天使が、お母さんの風邪を治してくれたの!」
「落ち着いて、あゆみ。ほら、深呼吸して」
お父さんは、ぽんぽんとあゆみの肩を叩いた。
あゆみは、つられて、大きく深呼吸をする。
1回。2回……。
「落ち着いた?」
「うん」
くしゃりと、お父さんはあゆみの頭をなで、近くの椅子に座らせた。
そして、自分もその前の椅子に座り、あゆみと向かい合わせになった。
「じゃあ、話してくれるかな?」
「うん」
あゆみはもう一度深呼吸をすると、ぽつりぽつりと話し始めた。
不思議な、不思議な、出来事を思い出しながら。

「お母さんがね、心配で部屋をのぞきに行ったの」
「うん」
「そおっとドアを開けると、お母さんのひたいの上に、青白く光る玉がふわふわ浮いてたんだ」
「うん」
「何だろうってよく見てみると……天使がいたの」
羽が生えていた。白い羽。
金色のふわっとした髪に、白いドレス。
両手にピンクの花束を持っていて。
優しい顔で、笑ってくれた。
「信じられないかもしれないけど、本当に天使だったんだよ。
持っていた花束をお母さんの体になげたら、熱が下がったんだ。
天使が、お母さんの風邪を治してくれたの」

本当だよ。
あゆみはそう呟いて、下を向いてしまった。
ああ、だめだ。
自分でも信じられないのに、お父さんが信じてくれるはずがないよ。
あゆみは、泣きそうになった。でも、
「信じるよ」
「え?」
驚いて顔を上げると、そこには優しく笑ってうなづいている、お父さんの顔があった。
「お父さん?」
まだ不安そうなあゆみに、お父さんはにこりと笑って言ったんだ。
「信じるよ。だって、お父さんもその天使に会ったことがあるからね」
「ええっ!」
「そっか。今年も、来てくれたんだなぁ」
そう言って、びっくりして目をまあるくするあゆみに、お父さんはウインクした。いたずらっこみたいに。
「お客さまだよ。あゆみ」
「あ、あの子が?」
うん。
お父さんは、こくりとうなづくと、あゆみに教えてくれたんだ。
お客さまの秘密を……。

「あゆみが生まれる少し前かな、お父さんが初めてクリスマスケーキを売ろうとした時、
あの子に出会ったんだよ。
父さん、このクリスマスケーキをみんな好きになってくれるか、とても不安でね。
正直、売るのを止めようかな、なんて思ってたんだ」
「うん」
「でもね、クリスマスイブの日、ケーキを机の上に置いてたんだよ。そうしたら」
「そうしたら?」
お父さんは、思い出したのか、可笑しそうにふふっと笑った。
「あの子がね、食べてるんだよ。クリームだらけにしてね。
本当に、おいしそうに食べてくれるから、その時、父さん、思ったんだ。だいじょうぶだって」
「……」
「ああ、だいじょうぶだ。天使がこんなにおいしそうに食べてくれるんだもの。みんな好きになってくれるって。
そして、これからもこの天使が食べに来てくれるような、そんなおいしいケーキを作っていこうって、思ったんだよ」
「そうだったんだ」

『いつもありがとう』
そう、天使は笑ってくれた。
いつもおいしいケーキをありがとう。そんな意味だったのかもしれない。
「天使がね、いつもありがとうって言ってたよ」
「そうか」
お父さんにも、ちゃんと伝わったのがわかった。
そう呟くと、本当にうれしそうに笑ったから。
「お父さんのケーキは、天使のおすみつきのケーキなんだね」
「そうだよ。みんなもきっと喜んでくれるさ」
がんばって売ろうな。
そう言って笑ったお父さんに、あゆみは元気に返事をした。
「うん!」


どこからか聞こえてくるクリスマスの歌。
人々の楽しそうな、はなやかな声。
今日は、クリスマスイブだ。
たくさんの、たくさんの人達が、お父さんのケーキを買いにきてくれる。
仕事帰りのお父さんも。
おそろいのマフラーをしたお母さんと男の子も。
手をつないでやってきたおじいちゃんとおばあちゃんも。
みんなきらきらした顔をして、お父さんのケーキを買っていった。
あゆみは、言いたかった。
言いたくて、言いたくて、たまらなかった。
うちのケーキは、天使も大好きなんだよ。
そのくらい、おいしいんだよって。

そして、
夜の8時になって、最後の1個が売れた。
最後のお客さまは、
「まだ、残ってますか?」
って、息を切らせて買いにきてくれたお兄さんだった。
本当は、あゆみの家で食べるクリスマスケーキだったけど、
お父さんもあゆみも、にっこり笑って、あげてしまった。
お兄さんの彼女が、このクリスマスケーキが大好きなんだって。
あってよかったって、うれしそうに、大事そうに、持って帰ってくれたお兄さんを見ていると、
あゆみはうれしさで胸がいっぱいになった。
喜んでくれて、本当によかった。

お父さんが後片付けをし始めたので、あゆみも手伝おうと振り返ると、
店の奥から、
「もう、終わったの?」
と、お母さんがやってきた。
顔色もよくなってる。
「お母さん、もうだいじょうぶなの?」
「うん。熱も下がったし。頭もすっきりしてるのよ」
元気。元気。
そう言って、笑ったお母さんは、すっかりいつものお母さんになっていた。

ありがとう。
あゆみは、こっそりと、心の中で天使にお礼を言った。
お母さんの風邪を治してくれて、ありがとう。
これからも、おいしいケーキを作るから。
また、遊びにきてね。

からりと晴れた空には、きらきらと星が輝いていました。


おわり




絵をクリックして下さい。大きな画像で見れます。

「天使の花束」
by村田收様




<コメント>

クリスマスは特別な日です。そして、クリスマスケーキも。
クリスマスケーキを食べていると、幸せな気持ちになるのは、何故なんでしょう?

上の絵は、クプカでお世話になっている村田收様が描かれた作品です。
10月に倉敷で個展をされていた際に購入しました。
優しい微笑を浮かべていて、見ていてとても幸せな気持ちになるのです。
彼女は、クリスマスイブの日に生まれたそうですよ。
そのお話を聞いて、思わず書いてしまった作品なのです。


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