硝子の川

Poem by 野田りある


欠けたレンズが埋まっている

赤茶けた土に

何十枚

何百枚

磨かれる前に捨てられて

何千枚

何万枚



工場で撥ねられる

出来損ないの不透明な円形の硝子

隣接する古いアパートとの

トンネルのような狭間に積もり

秘密の川は嵩を増す


光らぬ川底 踏み締め


ざらつき煤けた 壁を辿り


闇の塊を割りながら目指すその奥



空き部屋ばかりのアパートの裏

打ち付けただけの波打つプラスチックの囲い

いくつかの植物

たらいに泳ぐ金魚

真正面から浴びせかける月光



不思議に大きな月


不思議に明るい場所


痩せた子供の抵抗を

包み込む深夜の光の環

誰も知らない時空間

見つめあう月との距離は急速に曖昧な近さへ変わり


孤独と向かい合わなければ

そこで自由を得なければ

傷つけるのではなく終わらせるために

僕はいつか刃を向け

あるいは自分へ突き立てて

しまうとふいに解って


光が滲み続けるのを

止めることができなかった

ぽたぽたと

反射しながら落下する滴を

生まれた証であると認めないわけにいかなかった

どれほど幽かで愚かな拙い生命でも

存在からは逃れられない

その現実に噛み付きながら

生きる術を

探すのだと


欠けたレンズが埋まっている

何十枚

何百枚

磨かれる前に捨てられた感受性

光らない硝子

ぎこちなく嵩を増す秘密の川







comment


子供のころ、こんな時間を感じていた。
いつも孤独で非力な、行き先のわからない小船だった。
そして今より多く
空を見上げていた。


Poem & comment by  野田りある



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