** きみからの贈り物 **                         らい


 「サエが来るって。今日。」

 定時に仕事を終え、残業もなく早々と家に帰ると妻が言った。
 ふうん、と私は気の無いような返事をした。
「お父さんの誕生日プレゼント持って来るって。」
 そうか、今日は私の誕生日だ。確か、56回目の。
 改めて見ると、この時間にはまだ仕事後の一息をついているはずの妻がもう台所に立っている。 くんくんと嗅いでみるとお酢の匂いがした。 我が家では祝い事の日にはちらし寿司と決まっている。

 娘は去年結婚して旦那と二人で暮らしている。どちらの実家にもそう遠くはなく、たまに遊びに来たりするのだ。 共働きで子供はまだない。 早く孫の顔が見てみたいものだが、まあ、焦ることもないだろうとも思っている。

 ピンポーン、ガチャリ。

 さほど時を待たずして、呼び鈴が鳴り、続いて扉を開く音がした。
 「こんばんはぁ〜」
 「お父さん、行って。」
 私は言われるがままに玄関に向かった。

 見ると、でっかい袋をぶら下げて娘が誕生日プレゼントを持ってきたと言う。 私は年甲斐もなく、そのプレゼントとやらにわくわくと胸を躍らせた。
 妻は何もよこさないし、私も妻の誕生日には何もやらない。 妻は自分の誕生日には欲しい物を自分で買っているようだ。 その方がいい。まだ結婚する前には一応、プレゼントしていたのだが、 顔が自然に綻んだのを見たのは婚約指輪の時しかなかった。 その指輪もとっくに今風の形に直されていた。 センスがないのだ。

 ああ、しかし、両手で持たれた地面すれすれまでぶら下がっているあの大きな袋の中に 一体どんなプレゼントが入っているというのだろう。
 いや、決して期待してはならない、ならぬのだ。
 そう思いつつ、厳ついと言われる顔がゴワゴワしながら 口元を綻ばせていくのを止められなかった。

 さて、娘は勝手知ったるなんとやらで元・我が家にさっさと上がり込み、 妻のいる台所へ向かった。
 「お母さん、この前頼まれたのだけど、いいのあったよ。」
 そう言って両手を袋の中に突っ込み、がさごそとやる。
 やがて、袋から妻に頼まれたらしいものを取り出した。
 園芸用のプランターと鉢だった。
 あんなに大きかった袋が途端に小さくなった。

 なんだ。

 あの袋の中身は妻のプランターと鉢だったのだ。
 では一体、私へのプレゼントはどこにあるんだ?
 「はい、お父さん。お誕生日おめでとう。」
 プランターの中から妙に可愛らしい手提げ袋が出てきた。
 娘が差し出している様子を見ると、どうやらこれが私へのプレゼントであるらしい。
 私はそれを受け取りながら、今日ばかりはどんなに高価なものより大きいものの方がいいような気がしていた。

 そうだ、バケツ。
 釣りに行った時に釣れた魚を入れるバケツでもいい。 妻のプランターよりも大きなバケツが欲しかった。 こんなにでかいバケツに何入れるんだ!と突っ込みながら、 それでもきっと今よりも嬉しい気持ちになっただろう。
 いや、折角娘が買ってきてくれたんだ。 中身も見ずに落胆することはないだろう。 それに、大きいつづらと小さいつづらだったなら、選ぶのは小さいつづらと決まっているではないか。

 「早く、開けてみてよ。」
 私は娘に急かされて、袋から包装紙を身をまとった箱を取り出した。
 「まあ、カワイイ。」
 振り向いて、妻が言った。
 「仕事でね。ホワイトデーの包装なんだけど。どうかな?」
 センスのない私に聞くな。
 「ねえ、お父さん。その袋と包みちょうだいね。」
 妻がもう私のモノよ!という感じで言った。
 「・・・ああ・・・。」
 私は気の無い返事をした。
 「どうせお父さんは要らないじゃない。」
 「・・・まあ・・・。」
 おまえだって何に使おうというのか。土まみれの人参や大根のおすそ分けを このきらきらした薄い紙に包んで持っていこうとでも言うのか?
 「かわいいかな?かわいいでしょ?」
 「・・・綺麗な紙だな。」
 私が精一杯気の利いた言葉で誉めると、娘は満足したようだった。

 「で、何が入っているんだ?」
 包装紙をむしり取ろうとすると厳しい視線が手に集中した。破ってはいけないらしい。
 そっと紐をほどき、シールをはがすと、 薄茶色の箱が出てきた。掌にうっすらとかいた汗をズボンでぬぐってから 箱を開けると薄い紙が高級そうにかけてあった。
 その薄い紙を左右に開くと、 四隅をダンボールの枠でがっちりと固められたその真ん中に、 例のぷちぷちのヤツが巻きつけられたものが横たわっている。 それを解くとようやくプレゼントに辿り着いた。

 『リール』だった。
 釣りざおについている糸を巻くヤツだ。  薄暗い蛍光灯の下で、傷一つ無い滑らかなフォルムが輝いている。
 「お父さん、この前壊れたって言ってたじゃない。だからね。」
 「おお、よく覚えてるな。ありがとう。」
 そう答えつつ、実は妻にも内緒で、もう買ってしまったことまでは言えなかった。

 糸を巻くハンドルを景気良く回してみたりしてみる。
 うん、なかなかいいじゃないか。私が買ったものよりもいいかもしれない。
 さすがは私の娘だ。
 小さい頃から釣りに連れていった甲斐があった。 もっとも、高校生になる頃にはあまり付いて来てくれなくなったが・・・。

 手にとって触っているうちに、やっぱりバケツじゃなくて良かったと思えてきた。
 しかし、悲劇は起こった。
 大切なプレゼントは一瞬の隙を突いて手から滑り落ち、床の上にガツンと追突してしまったのだった。

 「ああーっ!折角買ってきたのにー!!!」
 リールは使いもしないうちから早速傷が付いてしまった。
 「床までへこんじゃったじゃないのっ!」
 「全く、お父さんは」
 娘と妻から交互に責められる。
 私はすっかり小さくなってしまった。

 娘は寿司作りを手伝いながら妻と他愛の無い会話を始めた。私は夕刊を眺めながらそれを黙って聞いていた。 昔よりさらに私の知らないことばかり話している。 しかし、主婦らしい会話も出てきたりと、あのワガママ娘もなんとか奥さんらしいことが出来ているようだ。
 生き生きと話しているのをみると、楽しくやっているようで安心する。  私は毎日しょぼくれているばかりではいけないな、と反省した。

 「サエ、キャベツはあるの?」
 寿司作りも終わって娘がそろそろ帰ろうとすると妻が言った。
 「じゃが芋は?玉葱は?そうだ、お寿司もちょっと持ってきなさいよ。」
 なんなのだ、おまえは。
 寿司ですら私のためではなく娘のために作ったと言うのか!
 まったく、けしからん!!!

 結局、プランターや鉢、そして私へのプレゼントの入っていた袋には、代わりにいっぱいのお土産を詰め込んで、 来たときと同じくらいに膨れた。
 妻はまだ離れがたいらしく、玄関先でしつこく娘に話し掛けている。 娘が家にいた頃は顔を合わせれば口喧嘩ばかりだったくせに、今では気持ちが悪いくらい仲良しだ。 本当に女というのは不思議な生き物だ。

 「明日はお店、定休日でしょ?久しぶりにお昼ご飯でも一緒に食べに行かない?」
 「え?明日かぁ。ごめん。明日は用事があるんだよね。」
 「どこかに行くの?」
 「うん、ちょっとね。」
 「そう。用事が済んでからでもいいんだけど。」
 妻は何でもいいから娘と出掛けたくて仕方がないようだった。

 「う〜ん、とりあえず終わったら電話するよ。予約はしたけど病院って何時になるか分からないし・・・。」
 「病院?どうかしたの?」
 「あ・・・だ、だから、ちょっとね。もう帰らなきゃ。お土産ありがと、じゃあね。」
 娘は重い土産袋を掴むと、慌てて玄関を飛び出していった。

 「ちょ、ちょっと、サエ!おめでたなのっっ!?」

 妻はつっかけを履いて躓きそうになりながら、閉まったばかりの扉を開けて飛び出ていった。
 私はそれを呆然と見送って、再び閉まってゆく扉の向こう側の声にゴワゴワと口元を綻ばせた。



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きみが生まれてきて
私は素敵な未来をプレゼントされた
きみにもきっと素敵な未来が待っているよ


story & comment by らい



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