はんたいの魔法

作/れい





ももたは、4歳の男の子です。
いつもおなかがすいていたり、どこかが痛かったりします。
どうしてかというと、お母さんが食事を作ってくれなかったり、ももたを打ったりするからです。
ももたはいつも、お母さんはどうして僕のことをぶつのかな、と思っていました。

お母さんは、ももたがこういうと、必ず泣きそうな顔をします。
「お母さん、どうして僕のおうちには、お父さんがいないの?」
ももたは、お母さんが自分のことをぶつのもどうしてかわかりませんでしたが、自分のおうちに『お父さん』がいないことも、どうしてかわかりませんでした。
お母さんが泣きそうな顔をすると、ももたも泣きそうになります。
お母さんは大人だから泣かないけれど、ももたは泣き出してしまいます。
「ねえ、どうしていないの?」
そう言うと、決まって、お母さんはももたをぶつのです。
それが痛くて、ももたはまた泣き出しました。
すると、お母さんも、またももたをぶちます。
「痛いよお!」
ももたがそう言って泣くと、お母さんは鬼のような顔になります。
鬼のような顔のお母さんは、ももたに食事を作ってくれません。
だからももたは、いつもおなかがペコペコです。

「お母さん、おなかがすいたよ」
そう言っても、お母さんは食事を作ってくれません。
代わりに、こう言いました。
「あんたのせいだ」
「僕のせい?」
「あんたがうるさいから、おなかがすくから、痛いって言うから悪いんだ!」
「僕が悪いの?」
「あんたなんか、うまれてこなけりゃよかった!」
お母さんの背中がぶるぶるしていたので、泣いているとわかりました。
背中をなでてあげようと思って近づくと、お母さんはももたを突き飛ばしました。
テーブルにぶつかって、頭がとても痛くなりました。
痛いといいそうになって、ももたは慌てて口を手でふさぎました。
そうすると、お母さんはまた泣くような気がしたからです。
涙が出そうになって、ももたはぐっと力をこめて、涙がこぼれないようにしました。
泣くと、お母さんはもっと泣き出しそうな気がしたからです。
でもそうするのは、とても辛いことでした。

だから、ももたはその日から毎晩、お月様にお祈りをするようになりました。
「どうか僕を、はんたいにしてください。
お母さんが泣くから、僕は痛いって言いたくないし、泣きたくないんです。
だから、痛いときは『痛くない』っていうようにしてください。
泣きたいときは、笑うようにしてください。
そしたら、お母さん泣かないと思うんだ」

ももたは一生懸命、お祈りを続けました。



ある晩のことでした。ももたの夢に、綺麗な妖精が現れました。
妖精は、杖を一振りしました。ももたは、黒っぽい光に包まれました。
そして、こう言いました。
「あなたのお願いをかなえてあげる」
「ほんとう? やったあ!」

目が覚めると、妖精はどこにもいませんでした。
おなかがすいていました。
「僕おなかいっぱいだよ」
ももたはびっくりしました。そのとき、昨日転んだときに怪我した足が、ずきずきと痛みました。
「足は全然痛くないよ。すごく気持ちいい」
妖精が、願いをかなえてくれたのです。
「やったあ!」
これでお母さんは、泣いたりしない。
ももたは嬉しくなって、お母さんのところに行きました。

「あれえ?」
お母さんは、いませんでした。
「お母さん?」
ももたは、おうちの中を歩き回りました。
けれど、お母さんはどこにもいませんでした。
外に出てみました。
おうちの周りには、いません。
ももたは、お母さんを捜して歩き回りました。

信号さんがぴかぴか光る歩道橋にやってきました。
信号さんが、一人でいるももたに離しかけてきました。
「どうしたんだい、迷子かい?」
違います。ももたは、大好きなお母さんを捜しているのです。
「ううん。僕、お母さんが嫌いだから、逃げてきたんだ」
ももたはびっくりしました。言おうとした事と、反対のことを言っていました。
ううん、違うんだ。僕お母さんが大好きで、いなくなって悲しいんだ。
「お母さん大嫌いだから、僕とてもうれしいんだ」
また反対のことを言ってしまいました。
信号さんは、悲しい顔をして、
「そうか…嫌いなんだね」
と、言いました。
信号さん、違うんです。
僕は、お母さんのことが大好きなんだ。
そう言おうとしましたが、また反対のことを言ってしまうかもしれないと思うと、ももたはしゃべれませんでした。
信号さんは言いました。
「君のお母さんらしい人を見たよ。あっちに行ったかな。でも、大嫌いなら、教えても仕方がないね」
ももたはありがとうと言おうとしましたが、また反対になるかもしれないと思ったので、ぺこりと頭だけ下げて走り出しました。

けれど、信号さんが教えてくれた先にも、お母さんはいませんでした。
どこにもいませんでした。
お母さんがいなくなってしまいました。
ももたは悲しくて、座りこみました。
泣きそうになりました。
「あははは!」
けれど、ももたは笑っていました。妖精の魔法のせいでした。
でも、悲しい気持ちはちっとも変わりませんでした。
すごく悲しいのに、涙の代わりに大笑いしていました。

どうしてお母さんはいないんだろう。
僕はずっと、このままなのかな。

ももたは悲しくて、悲しいのに、魔法のせいでずっと笑いつづけていました。



ももたは、疲れてその場に眠り込んでいました。
すると夢に、さっきの妖精とは違う、金色に光る別の妖精が現れました。
「どうして笑っているの?」
ももたは、本当は泣いていました。あの妖精の魔法で、笑っているのです。
「僕…」
ももたはしゃべろうとしましたが、また反対になるだけだと思い、何も言いませんでした。
「何かしゃべって。どうしたの?」
「…僕、妖精さんに魔法をかけてもらわなかった」
反対の言葉になりましたが、この妖精がしゃべってというので、ももたはしゃべることにしました。
「僕はお母さんが大嫌いなんだ。だから、お月様にお祈りして、反対の魔法をかけてもらわなかったんだ」
その妖精は、大きく頷くと、こう言いました。
「それは妖精じゃない。悪魔だよ」
悪魔?
その妖精は、ももたの肩に手を置きました。
「お母さんが、大好きなのね? 笑ってほしかったのね?」
うん。
お母さんが大好きだから、泣いてほしくなかったんだ。
妖精は、どうやらももたの考えていることがわかるらしいのです。また、大きく頷きました。
「お母さんに会いたい?」
会いたい。
「それにはまず、呪いを解かなくてはいけないよ」
呪いってなに?
「とても悪い魔法のことよ」
解けるの?
「解けるわ。それには、ももたが本当のことをしゃべるのよ」
でも、僕は反対の魔法をかけられているんだ。
本当のことを言おうとしても、反対のことをしゃべってしまうんだ。
「私が手伝ってあげる。…さあ、この悪魔に、本当のことを!」

2人の前には、反対の魔法をかけたあの妖精がたっていました。
「呪いを解いて、というのよ!」
ももたはそういおうとしましたが、また反対になるかもしれないと考えました。
そこで、こう言うことにしました。
ぼくの呪いを、とかないでください!
「僕の呪いを解かないでください!」
今度は、反対になりませんでした。
「そうか、それならもっともっと、反対の魔法をかけてあげよう」
妖精の姿が、変わりました。だんだん、黒くなっていきます。
その妖精は、悪魔の姿になりました。
悪魔は、杖を振りました。
金色の妖精も杖を一振りしました。すると、悪魔の杖から出た黒い光が、消えました。
 どうして、今のは反対にならなかったんだろう?
「それは、ももたが本当に思っていることじゃないからよ」
金色の妖精が答えました。
でも、僕は反対の魔法をかけられているんだ。
本当のことを言おうとしても、反対のことをしゃべってしまうんだ。
そのときでした。
ももたの目の前に、お母さんが現れました。
お母さん!
「ももた。ももたは、お母さんに会いたかった?」
悪魔が、ももたに聞きました。
お母さんは、じっとももたの答えを待っています。
「僕は…」
ももたは、少しためらいました。
金色の妖精が、杖を振りました。
ももたを、金色の光が包みました。
「お母さんに、会いたい!」
すると、金色のまぶしい光が、悪魔を包み込みました。
そこで、目が覚めました。



「ももた!」
気がつくと、お母さんが目の前にいました。
お母さんは、ぎゅっとももたを抱きしめました。
「ももた、ごめんね。ごめんね。ごめんね…!」
あったかいお母さんから、あったかい涙が流れました。
「お母さん、泣かないで。僕のせい? 僕、いないほうがいいの?」
「違うの。ももたのせいじゃないの。ずっと、お母さんのそばにいて。いなくならないで!」
ももたは、お母さんをじっと見つめましたが、お母さんには反対の魔法の、黒い光はありませんでした。
ももたにも、もう、黒い光はありませんでした。
代わりに、金色の光がももたとお母さんを包んでいました。
「おかあさん!」
ももたは、ぼろぼろと泣き出しました。
嬉しくても涙が出ることを、初めて知った夜でした。






《おわり》





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「大人の童話」と思って書いた作品です。
今の世の中は、実の親による虐待が増えています。
けれど、憎みあいからこんな風になるとは思いたくないのです。
ももたは決して、母親を憎んだりはしません。
『お母さん』が大好きだからです。
お母さんだって、ももたが嫌いだから殴るわけじゃありません。
むしろ、殴るごとに自分が傷ついているのです。
もちろん、ただ「邪魔だから」という利己的な理由で虐待に走る親もいます。
けれど、例外もいるということを言いたいのです。
そしてもう一つ、世界には無償の愛というものがあるということも。
言いたいというより、信じたい。信じてほしいのです。


Story & comment by れい



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