バイオリズム・ウェーブ
作/咲良(さくら)
子どもの泣き声は嫌い。まるで自分が世界で一番不幸だと叫んでいるみたいだから。
バイト先には小さい子どもを連れた親子連れがよく来る。親たちは買い物に夢中になり、子どもたちはほったらかしにされる。そんな暇を持て余した子どもたちがすることはひとつ。鬼ごっこだ。商品の棚の迷路を走り回る子どもたち。
「走ったらダメよ!」
と注意する親たちの視線は商品の品定めをしたまま。そんな注意にはなんの意味もありゃしない。そのうち、そこ、ここで子どもが泣き始める。
案の定、転んだのだ。
自業自得なのは明白なのに、声の限りに泣き叫ぶ子どもたち。
「痛いよー!僕は世界で一番かわいそうなんだ!」
そう叫んで泣いているように聞こえる。
痛みはすぐに消えるのに。
なかなか消えないこの痛みはなんだろう?
失恋したわけでも、親が死んだわけでもない。テストの点数が悪かったわけでも、友達に裏切られたわけでもない。
そう・・・、ただちょっとうまくいかないことが重なっただけ。
最初は雨。
買い物をしようと街に出かける日に雨が降った。
「あーあ・・・これで新しく買ったあのブーツ履けないや。」
スウェード素材の黒のブーツにベージュのミニスカート。
その格好で買い物に行こうと決めていたのに・・・。
結局気分が乗らなくて、買い物へ行くのはやめにした。
窓を叩く雨の音をただ聞きながら、ソファでぼうっと時間を過ごす。
雨のリズム感はすごい。一定のリズム・不安定なリズムの混合で音を織り成す。
本でも読もう。
立ち上がって昨日買った本を探すが、どういうわけか見つからない。
しかたがない、本は諦めてテレビでも見よう。
そうしてテレビのリモコンを探すが、これもどういうわけか見つからない。
テレビ本体の電源を押せばいいだけなのに、それもなんだか億劫で、結局ソファにリターンした。
再び、雨の音に耳を澄ます。
外の気温は秋から冬に移行しつつある。
クリスマスの季節がやってくる。恋人たちのクリスマス。楽しい楽しいクリスマス。
「今年のクリスマスもどうせバイトかな・・・。」
海の向こうにいる彼の顔が脳裏に浮かぶ。
こんなかわいい女の子をほったらかしにするなんて!
ガツンと一発殴ってやりたい。仕方がないのはわかっているけれど・・・。
海の向こうは遠い。赤道を越えなきゃ会えないなんて、理不尽だ。
例えば、綺麗な夕焼けを見たとき。
あの人が隣にいればと、何度思ったことだろう。隣を見上げても、ぽっかりと空間が空いているだけ。
正直なところ、クリスマスなんてイベントはどうでもいい。
ただ、隣にあなたの顔を見つけたいだけ。
冬の季節は特にそう。人恋しくなるっていうのは本当だと思う。
冬が来ると、強い私が萎えてしまう。だから冬はあまり好きじゃない。
ふと窓を見ると、太陽が照っていた。
「雨、止んだんだ。」
立ち上がり、窓を開けて空気を入れる。かすかに雨の残り香がした。
何をやっても思い通りにならない日がある。きっと誰もが経験したことがある日。
少しずつのうまくいかないことが積み重なって、最後は雪崩となって私を襲う。普段はあまり気にしていなかったことが急に気になり、悪い方へと思考がいく。ふいにわけもなく泣きたくなって、子どもみたいに泣き叫べたらいいのに、と思う。情緒不安定、というのとは少し違って、この滅入った気持ちをなんと表現したらいいのだろう。
ただ言えることは、私はそれをよく知っている、ということだけ。
こんな日はすべてをバイオリズムのせいにして、月光浴をしよう。
窓をいっぱい開けて、部屋の電気を消して。
温かいアッサムティーを飲みながら、月の光りを浴びよう。
月の女神アルテミスが、今夜あの人と私をつなぐ架け橋になることを期待して。
《おわり》
誰にでも、「うまくいかない日」というのはあると思います。
ちょっとしたことで悩んだり、大したことじゃないのに傷ついたり。
そんな時の私の回復方法は月光浴をすること。
月のやさしい光が、私のギスギスした部分を包んでくれるような気がします。
特に冬の月は空気が澄んでいるせいか、すごく綺麗ですよね。
Story & comment by 咲良(さくら)