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神秘のアンコールワットを訪ねて

【後編】

Written by Akemi Murata


三日目 <Part.1> in Siem Reap

「地球時間の日の出」

 朝5時に起き、アンコールワットに向かう。前日とおなじように堀にかかる参道を歩いて西塔門をくぐると、うす暗い中庭にはすでに多くの人影があった。石で区切られた神殿のような空間のなかで、世界各国から訪れた観光客たちが「太陽」を待っている。

 「聖地アンコールワットの日の出」。世界のどこからでも日の出くらい眺められるが、ここに居合わせている人たちにとって、いまから見る朝日はやはりスペシャルだ。観光客たちは思い思いの場所から、アンコールワットの象徴とも言うべき三つの塔を見つめている。私たちも、真っ正面に塔を眺められる石段のうえから“その瞬間”を待つことにした。

 周りには白人もいれば黒人もいる。さまざまな言語が耳に飛び込んで来たが、塔の辺りの空がいよいよ輝きはじめると、誰もみな申し合わせたように無口になる。三つの塔の左すみから、ついに太陽が顔をのぞかせた。

 感動したとき、人が発する音は言語の垣根を超えるらしい。
声ともつかない吐息が中庭をさざ波のように走った。

ちがう色の肌をどれも美しく照らしながら
アンコールワットに陽が昇る。

生まれてはじめて体験する
それは、地球時間の
日の出だった。

 日の出を拝んだあと、わたしたちは寺院の回廊にも足を向けた。ほとんどの観光客は日の出だけが目的だったのか、回廊はしんと静まり返っている。おかげで、アンコールワットで一番会いたかったレリーフに、私はゆっくりと対面できた。その壁面彫刻の名は、「乳海撹拌(にゅうかいかくはん)」。ヒンズー教の天地創世神話の中のある説話を50メートルに渡って描いた超大作だ。

 

 ヴィシュヌ神の化身と言われる大亀をまん中に、神々と阿修羅(悪神)が大蛇の胴体をつかって綱引きしている。綱引きは海中を千年にわたってかき回し、やがて海は乳海となり、その中から天女アプサラを誕生させ、最後には不死の妙薬「アムリタ」を生み出したという壮大な物語。


「クプカの虹」という
私が書いている長編ファンタジーにも
大きなウミガメが登場する。

虹色の甲羅を持ち、永遠のいのちを
宿した海亀「クプカ」は、あくまでも
私のイマジネーションから生まれた
登場人物だが、古代遺跡などで
ウミガメのモチーフに出会うと
はるか遠い時代の「クプカ」に
めぐり逢えたような気がして
どきどきするから
不思議だ。




堀のところまで戻ると、土地の人々が
腰まで水に浸かり堀の清掃をしていた。

長い内戦の間に刻まれた傷痕も
残るアンコールワットだが
こういう人たちの努力に支えられて
遺跡はいまも呼吸している。



ひとまずホテルに帰って朝食をとった後
 私たちは再びマイクロバスに乗り込んだ。

「遺跡巡り」は、はじまったばかりだ。


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