にじ

文と絵・むらた あけみ

序章


銀色の月の光りが、しずかな夜の海にふりそそいでいます。まるで、目には見えないしなやかな指が、ほそい波の弦をつまびいて、海という名のハープを奏でているようです。

「ああ、なんて美しい月夜だろう・・」

海と月光の音楽にあわせるように、ゆらゆらと波のまにまにゆれながら、クプカは、うっとりとつぶやきました。月の光りが、彼の甲羅(コウラ)のうえにも、シャワーのようにふりそそいでいます。

コウラ?・・そう、クプカは、海亀(ウミガメ)なのです。

いつ、だれが、その名を彼につけたのか・・クプカ自身も知りません。
わかっていることは、クプカが、七つの海と、長い長い時間の海を旅してきた、とくべつなウミガメだということです。

いつ、どこで生まれたのか? いったいいま、自分は何歳なのか?
いまとなっては、もはや遠い記憶のかなたに消えた物語のようでした。

それでも、かすかに残る、おぼろげな記憶の糸をたぐりよせると、思い出のはじまりはいつも、月が美しいしずかな夜にたどりつきます。

それは・・神話が、まだ人々の心のなかにすんでいた、遠い時代の、ある夜のことです。


クプカは、その夜も、波のまにまにぷかぷかと漂っていました。

すると突然、天空のかなたから、目をあけていられないくらい、まばゆい光りが、クプカに向かって落ちてきたのです。いったい何が起こったのか、その光りは何だったのか・・それは、クプカにもわかりません。ただ、そのときから、クプカがふつうのウミガメではなく、“とくべつなウミガメ”になったことだけはたしかでした。

クプカのコウラは、その夜から、美しい“にじ色”に変わりました。
地球上にある、すべての色と、すべての光りをあつめたようなにじ色です。

しかも、“とくべつなウミガメ”であるしるしは、にじ色のコウラだけではなかったのです。仲間たちが、つぎつぎに年をとり死んでいくなかで、なぜかクプカだけは、死にませんでした。何年も何十年も何百年も生きて・・しだいに、クプカの体はどんどん大きくなったのです。もちろん、にじ色のコウラも、いっしょに大きくなったことは、言うまでもありません。

おもえば、あの夜、天空から降ってきたひとすじの光りが、すべての物語のはじまりでした。
いったい、どんな運命が、クプカを選んだのでしょうか?

まるで不思議な光りの糸に紡がれていくように、「クプカの伝説」は生まれ、
ゆっくりと時の流れをからめながら、織りあげられていったのです。



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★ クプカの由来 


ホームページ「クプカ」KUPUKAという名前は、そもそも
このオリジナル童話の主人公のために、わたしが考え出した造語です。

たまたま思いついて、ひびきが気に入っただけだったのですが
ネーティブアメリカンのシャーマン(占い師)の世界では、

KU「心」、PU「体」、KA「脳」を意味し、

三つの調和が宇宙の謎をとく、キーワードなんだそうです。

それを後から知ったときは、けっこう、ぞくぞくしました。
ふっと心に浮かんだ言葉だったけれど、ひょっとしたら

前世かどこかで、本当は知っていたのかもしれません。

-Akemi-



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