P.6


 朝の食事が終わったところで、ぼくはサーヤを背中におぶって、こっそり病院を抜け出した。そして、あらかじめかくしておいた“WING”にサーヤをのせた。“WING”をはじめて見た時、サーヤがどんなによろこんだかわかるかい?ぼくは、それだけでも、手押し車をつくってほんとうに良かったって思ったよ。

 ガタガタ道や坂道を、しずかに行くのはむつかしかったけれど、人に見つからないよう気をつけて、病院のうらから森につづく小道を行くことにした。

 その日はとてもよいお天気でね…長い冬のあとにやって来た春が、森のいたるところで楽しい歌を口ずさんでいたよ。

 生まれたばかりの緑の葉っぱが、風にゆれて、光りながらサヤサヤとなるのを聞いて


「サーヤ、サーヤってみんながよんでる!」


 小さな妹は声をたてて笑った。
 アリがいそがしげに動くすがたに歓声をあげ、レース編みのようなクモの巣が、太陽の光りにキラキラ輝くのをキレイと言った。草、土、花のつぼみ…ひとつひとつ自分のゆびでたしかめながらサーヤは、ほおずりをした。

 お昼は、きれいな水が流れる小川のほとりでピクニック。病院ではいつも少ししか食べないサーヤが、ぼくのつくった、ぶかっこうなサンドイッチを、おいしい、おいしい…と全部たいらげたのにはおどろいたよ。

 町の子どもたちが遊んでいる広場のはずれに“WING”を止めたころには、空はもう、夕焼けで赤く染まりはじめていた。


「あっ、きっとあれがトムね…それからあの太ってる子がビル」


 ぼくの話しによく登場する子の名前を、ピタリと当てながら、サーヤは、みんなが駆け回る様子をとても楽しそうに眺めていた。

 夕焼け空が、サーヤの頬をバラ色に染めていたよ…。


<--Back | Next-->