【エッセイ】

風のように旅したい
NOMAD 計画〜

文・Akemi Murata 背景の絵・Osamu Murata 写真・Akemi&Osamu Murata


岩手県・種山が原にて〜


 画家の夫が、またまた面白いことを思いつきました。
 とりあえず『ノマド計画』とでも名付けましょうか?

 NOMAD(ノマド)とは『遊牧民』のこと。東京から那須に移住を決めた際、購入した我が家の車の名称でもあります。車の正式名は、スズキのエスクード『ノマド』なのですが、スマートな高級車とは無縁の、実用的で無骨な四駆。黒に近いモスグリーンのがっちりした車体は、車高が高く積雪や雨道、デコボコの路面にも強いので頼りになります。天候の変わりやすい那須に定住していると、ボディが汚れていない日の方が珍しいのですが、働き者のノマド君は愚痴ひとつこぼさず、けなげに私たち夫婦の田舎暮らしを支えてくれています。その彼に、最近『車』としての役割ばかりではなく、もうひとつの使命が与えられたのです。

 『車中泊(しゃちゅうはく)』ってご存じですか?いわゆる『キャンピング・カー』に代表される旅のスタイル。ホテルや旅館など一切使わず、移動に用いる車にそのまま寝泊まりする旅のカタチです。車社会のアメリカなどでは古くから市民権を得ていますが、キャンプ場などの整備が遅れている日本ではまだまだ馴染みが薄い車中泊。ただ、仕事をリタイアしてたっぷり時間の出来た方たちを中心に、ここのところ夫婦で車中泊しながら日本国中を旅する愛好者が増えているのも事実です。ノウハウや車の改造方法を集めた本もちらほら出始めました。中には、退職金などを投じ最初から高額の『キャンピング・カー』を購入して旅に出る方たちもおられますが、多くは普段乗っている自家用車の室内を改造したり、簡単にカーテンを取り付けたりして『道の駅』や『オート・キャンプ場』を利用して旅行している様です。

 当然のことながら我が家も『キャンピング・カー』なんて高嶺の花。家にはセカンドカーとして、田舎のベンツ!?『軽四トラック』はありますが、中古住宅を購入して自分たちでリフォームしている我が家には欠かせない一台。とはいえ、車中泊には向きません。そこで、夫の熱い眼差しが、じ〜っと注がれたのが『ノマド』君。「もともとNOMAD(ノマド)って名だから、遊牧民のパオのような役目を果たす宿命がこの車にはあったんだよ」と、感慨深げに言う夫。果たして、ノマド君に言葉が話せたら何と言ったか分かりませんが、お気楽者の妻(わたし)は、これまでの人生さまざまなシーンでも同じだったように『??でも....ちょっと面白いかも...』と、うなづいていました。


〜陸前海岸沿いの道で〜

〜改造の土台部分〜

 そもそも東京から那須高原の森の中に移り住み、築27年の朽ちかけそうな広い古家を購入。床下の補強から床板の張り替え、カベには漆喰を塗り、天井裏にも断熱材を入れ、ステンドグラスを嵌め込んだり、押入や扉まで作り直し、果ては屋根の張り替えまで....すべて自分ひとりの手で(ペンキと漆喰塗りだけは私も手伝いましたが)やってのけてきた夫のことです。

 思いついたことは徹底してやる性分だから、小さな車の室内を改造して、折り畳み式ベットや収納スペースの棚を手作りし、カーテンレールを取りつけ『泊まれる部屋』にする位、大した苦労でもなかったのでしょう。(その辺りのことに興味がある方は、夫のブログ『水彩画ロード』もご参照ください)。

 いよいよ記念すべき『ノマド計画』実行の日がやって来ました。

 2007年9月10日、改造を終え進化した(させられた?)ノマド君こと『NOMAD(遊牧民)』は、私たち夫婦と寝泊まりに必要な荷物を積み込まれ、約一週間の東北の旅に出発しました。目的地はイーハ・トーブ。そう、宮沢賢治のふるさと岩手です。でも、とりあえずは“本当に車の中で寝泊まり出来るのか?不都合はないか?”ということを実験する『試験的旅立ち』。思えば、絵の勉強のためアメリカに留学した夫と共に、ニューヨークに暮らした二年間には、休みを利用してよく車でカナダやアメリカ各地.....長距離ドライブをしたものです。私自身、車を運転するのは好きな方なので運転は交替してのんびり行きます。さすがに、車の中に寝泊まりするのは始めての経験ですが『生まれて始めて』を人生の中でどれだけ体験出来るかな?って考えたら、豪華な宿に泊まる旅ももちろん素敵ですが、これもまたなかなか味わえないワクワクする旅のカタチです。

 それに、私たちの旅はいわゆる観光旅行とはちがいます。

 夫はプロの画家で、水彩画を中心に絵を描き、年に何度か個展活動をして暮らしているわけですから、どこに出かけたとしても絵にしたい場所や画題を探す取材スケッチがいちばんの目的。もちろん、美しい風景に出会ったり、感動したり...ということが、創作するエネルギーの源泉になるので、まず、心がうごかなくては意味がありません

 あらかじめ宿を予約し、スケジュールに縛られて移動する旅は窮屈な面もあります。もっと自由に旅に出て、気のむくままルートもきっちりとは決めず、描きたい風景を探して車を走らせ、偶然の出会いに心うごかして絵を描きたい。出会った風景や感動が、やがて作品ににじみ出るから

 『その場所の風にふかれ自分の目で観たものを描かないと意味がない』

 と、こだわる気持ちも、よく分かります。旅することは
 彼にとって、絵を描くための手がかり探し なのでしょう。


〜松島でスケッチする夫〜


〜利用した道の駅から見た朝焼け〜

 車中泊は、経済的にも魅力です。宿代を節約できる分、遠くまで行けるし長期間の旅も可能になります。また宿代を浮かした分、行った先々その土地その土地の美味しいものを味わえたり、日本国中、どこにでも湧いていると言っていいほど点在する温泉の“立ち寄り湯”を巡るのも楽しみのひとつになりそうです。

 さて『試験的旅立ち』の結果ですが、進化した『NOMAD(遊牧民)』の寝心地は、想像以上に快適でした。初日はさすがに慣れなかったのと耳栓を使うのを忘れたこともあり三時間くらいしか眠れませんでしたが、その後は、毎晩ふたりとも自宅の様に七時間睡眠。

 それも、夫の車内の改造や工夫が良かったのでしょう。身長175センチの人でも足を伸ばして眠れるスペースを確保してくれていたので、コンパクトサイズの私には充分。また少し大きめの『道の駅』を利用すれば、同じ様に車中泊している車が十台以上停まっているので安心でした。

それにしても、いつの間にこんなに『道の駅』が充実したのでしょう?掃除も行き届いた24時間使用可能なトイレを完備し、道の駅の数は増えつづけています。外国暮らしの経験でトイレ探しに苦労したことを思い出すと、日本の優れた部分を改めて再発見する旅にもなりました。どうか、いつまでも今の治安の良さを維持しつづけられる国でありますように。

イーハトーブの旅の思い出や、出会った風景のこと・・・まだまだお話したいことはありますが、
いつか夫の絵のなかで感じ出会ってください。長くなるので今日はこれくらいにしましょう。

一週間の東北の旅から戻ってまだ半月しか経っていない私たちですが、
あまり寒くならないうちに(車中泊の難点は、猛暑と厳冬時は困難な点)
フェリーをつかって北海道に渡り、北の大地を旅をしてみようと思っています。

風のように旅したい・・・それが

クプカ流“旅のカタチ”です。

エッセイ・村田あけみ

【END】


2007年9月30日


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