旅いちばんの目的地アンコールワットがあるカンボジアには、タイのバンコクに一泊してから入ることになっていた。直行便がどうしてもとれず、行きはクアラルンプール経由でバンコク入り。所用時間、十時間。アジアの旅にしてはやけに長いフライトだ。東京〜大阪も飛行機だった我々にとっては、とりわけ長く感じられる。夜おそく、バンコク市内のホテルにたどり着いた。

 明日はいよいよ、憧れのアンコールワット。

 小学生の頃「エジプトの秘宝」だの「インカ帝国の謎」といった本を夢中で読んだものだ。もともと神話が好きな子どもだったから、古代遺跡にも惹かれていた。そんな頃、アンコールワットを発見した探検隊の本と出会った。伝承をたよりに推理しながら深いジャングルに分け入り、背中にヒルが落ちて来たりしながら、ついにアンコールワットを発見するという物語。子ども向けに脚色たっぷりで書かれていたのかもしれないが、アンコールワットの仏塔がジャングルから現れるシーンには息をのみ、何度も読み返したものだ。

明日になれば、そのアンコールワットに自分の足で立っている。
 想像してみたけれど、まだ実感がわかなかった。



二日目 in Siem Reap

「触れて感じた遺跡の熱」

 翌朝、小型のプロペラ機でバンコクからカンボジアのシェムリアップに飛んだ。シェムリアップは、アンコールワット観光の拠点となる町。空港では、白い歯がまぶしいガイドのソーケイさんが私たちを出迎えてくれた。滞在中、我々家族だけでマイクロバスを貸切にして動けると言う。乾季のカンボジアの暑さについては、40度などという話しも日本で聞いていたから覚悟していたのだが、思ったほどでもない(たしかに陽射しは強く真夏にはちがいないが)。

これなら大丈夫・・・そう高をくくっていると、


「朝だから、すずしいねっ。午後には37度くらい」

カタコトの日本語で、満面の笑みを浮かべながら
ソーケイさんがたのしそうに言った。

その足でさっそく、遺跡群を見学する。
最初に向かったのは、アンコールトム。

アンコールワットよりも、広さと規模はずっと大きい。

空港から遺跡までの風景がもの珍しかった。
すこし赤みがかった道がつづく。

   

 素朴な人々の暮らしぶりもバスの窓からかいま見えた。
わずか二十年ほどまえに、この国でポル・ポト政権のもと
大虐殺が行われていたなんてウソのようだ。
けれど(あとで分かったことだが)この底抜けに明るい
笑顔のステキなガイドさんも、実はその被害者だった。

 現在26才の彼は、幼い頃に両親と兄を殺され、
難民となってタイで暮らしていたと言う。
ガイドになるための日本語もタイで覚えたそうだ。
ガイドの免許取得はむつかしい。人一倍、努力したのだろう。


 でもいま、彼は幸せいっぱいだ。
 20才の可愛い奥さんをもらったばかりだと、うれしそうに話してくれた。


 アンコールトムの中央に位置するバイヨン寺院に到着した。12世紀末に建設されたという寺院。バイヨン寺院全体が、古代インドの宇宙観を体現しているのだという。いま、はじめて実際に目にする遺跡。写真では知っていたものの、いざ直面すると岩の質感に圧倒される。ジャングルの濃い緑と砂岩の色合いが独特のムードをかもしだしている。



   旅のメンバー八人勢揃い
   バイヨン寺院南大門前にて


バイヨン寺院にて      
壁面に刻まれたレリーフの  
  説明をするソーケイさん→





←カンボジアの民族舞踊
 アプサラダンスも
 披露してくれた



壁面彫刻もソーケイさんのアプサラも
素晴らしかったが、何と言っても

バイヨン寺院で圧倒的迫力だったのは
遥かな時を超えしずかに微笑みつづける

巨大な石の四面像たちだ。

寺院を建造したジャバルマン七世が信仰していた
観世音菩薩像であろうと言われている。


 


遺跡のかたすみに腰かけて、彼らと一時間ほど
じっくり、対話していたかった。

けれど、ツアーで大家族旅行ではそうも行かない。
やむなく自分なりの鑑賞方をあみだすことにした。

短時間で遺跡のパワーを吸収するにはどうしたらいいか?

 触ることだ。

私は、歩きながら遺跡の肌を指先でたしかめることにした。
ざらっとした感触は風雨にさらされた年月と、
これらの石像物を創り、運び、築き上げた
遠い時代の人々を記憶している。



石からいろんなものが流れこんでくる気がした。
あたたかな太陽の熱も伝わってくる。

アンコールトムは広い。
夢中で歩き回っているうちに
気温もかなりあがってきた。
遺跡をとりかこむ木々から噴き出すように
セミの声が降りそそいでくる。


午前中いっぱい、アンコールトム周辺を
見てまわったあと、ホテルに入って
スパイシーなカンボジア料理の昼食。
ふだん、家でもトムヤンクンスープなど、
エスニック系料理を作って食べているから
私たちは舌が慣れていたが、
はじめての人たちはとまどったようだ。

食後は各自の部屋で休息。
この季節、いちばん温度の高い時間帯は
昼寝をとるというのがカンボジアスタイル。
実際この暑さのなか、一日中観光では身がもたない。

↑象のテラスの壁面を飾るガルーダと。
 ガルーダは、インド神話「ラーマーヤナ」に登場する怪鳥で
 カラダは人間、金色の翼をもち頭と爪はワシのカタチ。
 ヴィシュヌ神の乗り物で、聖なる鳥とされている。



午後はいよいよアンコールワット。

シャワーを浴び着替えをすませて外に出る。

陽もすこし傾き、ずいぶんさわやかになっていた。


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