Vol.6




廃虚 クロアゲハ




廃虚の片隅で

漆黒の羽根は

午后の光りを

刻んでいた


クロアゲハ



謎めいた

微笑のような

羽ばたきが



 時のフィルムを 巻き戻す



黒い羽根の透き間から

モノクロームの幻影がこぼれ落ちた



廃虚は息を吹き返し

まぶしく輝いていた

あの日に還る


庭には花が咲き乱れ

ベンチでは老人がひなたぼっこ

若い夫婦は談笑しながら白い石段を降り

芝生のうえでは子どもたちが

一匹のクロアゲハを

追いかけている



黒い蝶


ひらひら


銀の粉


きらきら




幻影が消えると 廃虚のまえには

荒れ果てた庭

朽ちたベンチと ひび割れた石段に

木漏れ陽だけが 揺れていた



けれど

廃虚は 嘆かない



季節がめぐれば

朽ちたベンチに落ちた種から思い出の花が咲くだろう

石段の割れ目に萌えだす若葉のうえで

サナギは夢を見るだろう




クロアゲハは

ふわりと舞い上がり

青い空にすいこまれて




消えた










Comment


廃虚にひかれるのは、なぜでしょう。

時を経てしまったものや、うつろいゆくもの

・・・時の流れに磨かれた美しさは

川底の石のように深い輝きをたたえています。


降り積もる時間は

もどれない場所、会えない人、帰って来ない日々

哀しい別れもつくりますが、ほんとうは

すべては形を変え、どこかで

生きつづけているような気がします。


「クロアゲハ」は

ハッとするほど美しい蝶です。

詩のなかの子どもの一人は

わたし自身。

幼い日出会った、黒い蝶の美しさは

忘れられません。




Akemi


(このシリーズは、プロの写真家・飯島徹さんとのジョイント企画です)


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