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その日、ぼくはサーヤと一緒だった。
サーヤはぼくの妹…生まれたときから体が弱くて、ずっと病院のベッドの上で育った。だから、水しぶきをあげて泳いだことも、思いきり走って草むらにねそべったこともない。サーヤのただ一つの楽しみは、毎日、ぼくから外の世界の話しを聞くことだった。ラテン語のヒルダ先生のポケットに、トムが今日カエルを入れたとか、食いしんぼうのビルが、古いドーナツを10個も食べておなかいたになった…なんて、どうでもいいような話だったけれど、サーヤは、ほんとうに楽しそうに聞いていた。
「たった1度でいい、
自分の目で外の世界が見られたら
楽しいだろうな…」
ある日、サーヤがつぶやいた。
まるでひとりごとのような、小さなつぶやきだったけれど、ぼくはその時、こころに決めたんだ。
『サーヤに外の世界を見せてやろう』
ぼくが最初にしたことは、サーヤを連れ出すための『手押し車』をつくることだった。手押し車は、家の地下室で、ひそかに何日もかけてつくった。設計図を書き、木を切って、やすりをかけ、くぎを打ち…仕上げにはうすいブルーのペンキを何度もぬった。
こうして、手押し車はとうとう完成した。なかなかの出来だったと思う…でも、何かが足りない気がして、ぼくはしみじみ、手押し車を見つめていた。
『そうだ、車に名前をつけよう!』
ぼくは手押し車に“WING”という名をつけた。生まれてから、ベッドの中だけで暮らしてきたサーヤに、自由にはばたく『つばさ』をプレゼントしたかったんだ。そして、絵も描いたよ。エンジェルの羽のような2枚のつばさが、今にも空にはばたこうとしている。ぼくは、そのつばさのマークを手押し車の両脇に白いペンキで描き込んだ。
そして、ついにその日がやって来たんだ。