【フォト& 旅エッセイ】

「帰省という名の旅」

Written by Akemi Murata


Photo by Akemi Murata


「ことしは車で帰ろうか」

 東京から那須高原に引っ越して半年。夫の実家がある倉敷はますます遠くなったというのに、正月の帰省は「車で帰る」ことにした。いや、むしろ「遠くなったから」車にしたと言ってもいい。帰省は、楽しみな恒例行事にちがいないのだが、二人とも、新幹線にじっと座って移動する時間というのがどうも好きになれない。流れる車窓を楽しみながら、のんびり行く鉄道の旅ならいいのだが、それにしては新幹線のスピード、いささか速すぎる。

 とはいえ、那須塩原の駅を早朝に発てば、新幹線なら午後には倉敷に着ける。それが車となると片道およそ1,000キロの道のり。途中どこかに宿をとらなくてはキツイだろう。とりあえず一泊、どこか宿を予約しようと計画を立て始めたが、泊まる場所、ルートなど考えながら地図をのぞき込んでいたら、もう一泊ずつ増やしたくなってきた。せっかく車で帰ることに決めたのだ。気に入った風景を見つけたら気ままに車をとめ、通り過ぎる土地の風にも吹かれたい。

 こうして「帰省」は、いつしか「旅」になった。

 「雪をかぶった冬の八ヶ岳が見たい」その想いから、行きも帰りも長野経由のルートを選んだ。12月25日、クリスマスに那須のわが家を出て、一路、最初の宿泊地、長野県・原村(はらむら)に向かう。途中、白樺湖(しらかばこ)の横を通り過ぎた。そこは何年か前、夏に一度だけ訪れたことのある場所だ。その時の白樺湖は、けばけばしい色の観光ボートに湖面を埋めつくされ、みやげ物屋のスピーカーからはガンガン大音量で流行りの歌が鳴り響いていた。あまりの俗っぽさに興ざめして足早に湖畔から立ち去ったものだが、いま目のまえに広がる真冬の白樺湖は、まるで「別人の顔」をしている。



Photo by Akemi Murata -shirakabako-

氷と雪が、あの避暑地の喧噪も、閉じこめているのだろうか。
それともこの季節、湖はやっと本来の姿に帰れたのだろうか。


 
人間は、ちょっとした印象で、
好きとか嫌いとか、言ってしまう。

ほんとうは何ひとつ
そのものの本質など
見てもいないのに…

真っ白に凍り、押し黙った
冬の白樺湖が、そんな
当たり前のことを
思い出させて
くれた。

Photo by Akemi Murata -shirakabako-


 しずかなクリスマスの夜、何軒ものペンションが、寄り添うように建っているビレッジは、雪明かりと美しい光のイルミネーションに彩られていた。ロビーに置かれた新聞を手にした夫が、「ジャック・マイヨール自殺」という記事を見つけた。ジャック・マイヨールといえば、禅修行などで心身を鍛練し、世界で初めて、素潜り100メートル(330フィート)という超人的記録を打ち立て、56歳の時には自らの記録も塗り替え105メートル(345フィート)を達成した、伝説的人物だ。またリュック・ベンソン監督作品の映画「グラン・ブルー」のモデルとしても名高い。おそらく、神秘の一端に触れることが出来た数少ない人間の一人だろう。その彼が、いったいどうして自らの命を断ち切ってしまったのか。推測は出来たとしても、一人の人間が死に至る心の軌跡は、永遠に謎のままだろう。宇宙に行けたとしても、深海に潜れたとしても、人の心の水底(みなそこ)までは、誰にものぞけない。

ただ、目を閉じると
「グラン・ブルー」という映画でみた
海の青さが広がり、その青の
ただ中を、ビーズのような
水しぶきあげて、イルカが
.......飛んだ。

ジャック・マイヨールの魂は、今ごろどこにいるだろう
いつか彼は、イルカにでも生まれ変わるのだろうか
そんなことを思いながら、窓の外に目をやると

しろい雪が、舞っていた。


【Page2】へ、つづく

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