<小倉から湯布院へ>


 電車がホームに入ってきました。中華饅頭がなかなか包み終わらなくてハラハラしましたが、なんとかお茶も買って、電車に乗り込みました。なかなかキレイな車両です。席も窓ぎわに座れたし、確認したホームに言われた時刻(ごろ)入ってきた電車なのですから、当然兄の言っていた快速であろう・・と疑いもしません。

 電車は走りだし、ふたりは中華饅頭を食べ終えお茶をのんで「九州の山って感じするね」などと話しながら、のんびり車窓をながめていました。


 どれくらい時間が過ぎたでしょう・・しだいに、疑問が頭をよぎりはじめました。

 快速ってわりには、やけに各駅停車なみに止まります。それに、通過待ちと称して何分間も途中の駅で停車するし・・まわってきた車掌さんにたずねてやっと、自分たちがまるで違う方向に行く電車に乗ったのだということを知りました。乗るはずだった「快速日田」は、この電車の数分後に同じホームに入ることになっていたんだそうです。東京のようにホームに電光掲示板がなかったし、何しろ“中華饅頭事件”で、入ってきた電車をしっかり確認しなかったのが失敗のもとでした・・ま、嘆いてもあとの祭りなのですが。

 途方に暮れていると、迫力のある声で車掌さんが言いました。

「とにかくあんたたち、湯布院に行きたいがでしょ?だったら、どういう方法がいちばんいいか考えてあげるけん、ちょっとわたしについて、車掌室のそばにきんさい!」

 どなっているようなしゃべり方だったので、はじめはちょっとおびえたのですが、じつはとても親切な方だということがわかりました。折り返し運転になった車両のなかで忙しい職務の合間に時刻表を丹念にしらべ(いろんな線が入り組んでいて複雑らしい)、いちばん簡単に迷わず湯布院に行けるだろうという方法をメモしてくれました。

 結局、ちょっとお金は追加しないといけないけど、日田に行くことにこだわると時間もかかるしまた間違えるから、特急をつかって別府に出て、そこからまた湯布院行きの特急に乗り換えるのがいちばんいいだろう・・ということになりました。兄が計画した城下町での優雅な散策と食事というプランはなくなりましたが、とにかく無事に少しでも早く宿につければ助かります。

 こうして何とか別府に向かう特急には乗ることができました。もう間違えてはいけないと「湯布院行きの特急は降りたらどこのホームから出ますか?」と別府に向かう特急のなかで車掌さんに聞くと「降りて向かい側のホームですよ・・あんまり時間がないから急いでくださいね」とのこと。

 ところがここでまたミスが起こったのです・・降りて向かい側ということは(階段を降りずに)降りてすぐ向かい側のホームと思ってしまったのです。乗り継ぎの時間がなくてあわてていたこともあります。ホームには例のごとく表示がないし、行き先が書いてあっても土地感がないのでその途中に湯布院があるのかどうかがよくわかりません。

 とにかく、予定の時刻にちょうど特急が入ってきたので、これだ!と思い込み自由席にとびのってしまいました・・もう予想がつくでしょ?そう、また“やってしまった”のです。なんとその特急は熊本方面に向かって走り出しました。車内アナウンスを聞いても“湯布院”という名前なんてちっとも出てきません。アニメのひたいに出てくるバーコードみたいに、血の気がサーっとひいていくのがわかります。

「どうしよう?お父さん、また間違えたよ〜」

 泣きそうになっていたら、われわれの話し声が聞こえたのでしょう。前の座席に座っていた若い女性がくるりと元気よく振り返り、サッと時刻表を差し出してくれました。父のとなりに座っていたおばさんも身を乗り出してきて、これからこの途方に暮れるマヌケな親子をどうやって救おうかと懸命です。いやーしかし、これには驚きました(やっぱり九州人ってパワーがあります)・・そこへプロの車掌さんもやってきて相談に加わり、とにかくつぎ停車する駅でおりて各駅停車を乗り継いで湯布院まで行くしかないだろうということがわかりました(ちょうどいい時間の特急はもうないそうです)。

 親切この上ない名も知らぬ人々に頭をさげ、つぎの停車駅で降りました。特急だったのでずいぶん先まで来てしまったらしく、これから各停で湯布院まで行くとなるとまだ2時間はかかりそうです。でも“お気楽もの”という共通点もある父と私は「マ、しょーがないわ、のんびりいこ」ということで意見もまとまり、バスのワンマンカーみたいなかわいい1両編成の電車に乗りかえました。

 バスみたいに入り口で整理券をとるようになっています。ワンマンカーだから車掌さんは乗っていません。もちろんすぐに、出発まえの運転手さんのところまで行って、本当にこの電車が湯布院に行くかどうかを確認しました。こんどこそ間違いないようです。事情を説明すると「ここから湯布院までの運賃はいただきません。乗れなかった分の特急料金も湯布院駅で払い戻してくれますよ」と親切に教えてくれました。

 ひと駅ひと駅と行くうちに、地元の高校生たちがたくさん乗り込んできました。東京の高校生とはかなり雰囲気がちがいます。タートルネックのうえにセーラー服を来てる女学生なんて久しぶりに見ました(でも、なんか可愛い)。あちらこちらから、お国言葉が聞こえて、ローカル線の各駅停車の旅というのもなかなかイイものです。父を見ると、父もけっこう楽しんでいるようです。

 小さな駅のプラットホームには、駅員さんたちが育てているのでしょう、愛らしい花々が花壇のなかで風にさわさわゆれていました。

 それにしても、今日は早朝からずっと電車にのりづめです。さすがにくたびれて

「あ、湯布院って遠いな」心のなかでそうつぶやいたら、


「じぶんたちで勝手に、遠くしてるんやないの?」


どこかでまた、母の声が聞こえたような気がしました。



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