<湯布院と船旅> 地元の“まゆみ”という薄桃色の花(南天の実がはじけたような)の小枝を箸置きに、毛筆の手書きの献立表も添えられて、美しい佇まいの食卓が用意されました。
まず、メインを鍋にするか、豊後牛のステーキにするかを選ぶのですが、年のわりに洋食党の父に合わせ、ステーキにしました。いま手元に、記念にいただいてきた献立表があるので、興味のある方のために、ちょっと書き添えておきましょう。
食前酒(自家製フルーツ酒)
季節の小鉢三品
田舎風煮物盛り合わせ
地鶏のくんせい山菜などの桶盛り
川魚のさしみ
お吸物(地鶏、すっぽん、鯉こくより一品)
揚げ豆腐
豊後牛炭火焼
さつま鳥少々
季節の野菜サラダ
手打ちそば
ご飯・香物
自家製デザートあれこれ
なんだか、美味しそうなものがズラリと並んでるでしょ?(ごめんなさい)
とっても、美味しかったです! ただ、吸物だけは失敗しました。三品の中から選べたので、滅多に口にできないものをと“すっぽん”にしたのですが、口にした瞬間「あ、すっぽんって亀の仲間だ」と思ったらもうダメ(ウミガメを主人公にした童話“クプカのにじ”を書いている途中なので)味どころではありません。でも、それ以外は、どれも素材を大切にした味つけでかつ繊細!すばらしいお料理を堪能しました。
美味しいものを食べると“その味が好きだった人”のことが浮かんできます。食べさせてやりたいという思いで、ひと箸つけるごとに「これ、智恵子が好きやったな」と母の名を出す父。旅行中も何度、私のことを「智恵子、いや明美」と呼び間違えたかしれません。人生の大半を共に過ごした人を失ったのですから当然でしょう・・その夜の食卓には、母が作ってくれた料理や、母の思い出も一緒に並んでいたような気がします。
さて、翌朝は早起きして近くの金鱗湖(きんりんこ)という湖へ、朝霧を見に出かけました。この朝霧は、温泉をふくむあたたかな水面と冷気がぶつかり合って生まれる、この季節ならではの風物詩です。朝6時頃に見られるという話しを宿の仲居さんから聞いて、のんびりやの二人もいつになく意気込んで出発したのはいいのですが、まだ外は真っ暗。それにハンパじゃない寒さです。
「こんなに暗くて、朝霧なんてホントに見えるのかなー」
不安を感じながらも、ふたりは転ばないようにとしっかり腕を組み、とにかく歩きはじめました。それにしても、父の腕にこんなに必死でしがみつくなんてひさしぶりです。子どもの頃は、肩車されたり、高く抱き上げられたり・・あんなにたくましく感じた父の腕が、やけに細く思えます。
歩いて5分ほど行くと、小さな湖がありました。周囲は一応散歩道になっています。湖のほとりのベンチに腰かけてしばらく待っていると、ようやくあたりがうっすらとしらみはじめ、湖面を白い霧が流れはじめました。たしかに幻想的。もう少し我慢すれば、きっともっと美しいことでしょう・・ところが、その“あと少し”が待てないのです。どうにも寒くて、私はともかく父が風邪をひいては大変と、仕方なくあきらめて引き返すことにしました。宿にもどり、暖炉の燃えるロビーで熱い珈琲をのんで体を解凍しながら『ま、とりあえず見たよね・・朝霧』と自分自身を納得させました。
この日、チェックアウトは12時と遅かったので、
温泉好きの父は気がすむまで何度も温泉ざんまい。わたしは近くの骨董品屋や面白そうな店をのぞいたり、
宿のテラスでぼんやり庭を眺めたりしながら、ゆったりとした時間を過ごしました。
行きしなのようなことがあって、
もし船に乗り損ねでもしたらシャレにもなりません。
結局、やはり早く着き過ぎて、2時間近くフェリーの待合い室で時間をつぶす羽目になりましたが、ま、船にさえ乗ってしまえば、乗り間違える心配もないでしょう(沈没でもしないかぎり)明日の早朝には、大阪の港に着くはずです。
夕方5時過ぎ、乗り込んだサンフラワー号は予定どおり別府の港を離れました。けっこう広いお風呂がついていたり、テイクアウト式の大きなレストランもあります。長距離トラックの運転手の方たちとか、結構、生活として利用している人たちが多い感じで、思ったよりフランク?な雰囲気です。ぐっすり眠れるように個室をとっておいたので船室はしずかでしたが、ロビーやレストランはたくさんの人でごったがえしています。
出航してすぐ、父は疲れたのか
ベッドに横になったので、
暗くなる前の海を見に私はひとり
デッキへ出ました。きっと、たくさんの人がいるだろうと思ったのに、
広いデッキに人影はほとんどありません。
九州の黒い山並みをバックに
青と赤の空が二層に重なり、
細い三日月と一番星が輝いて
素晴らしい夕景が広がっていました。暗くなるまでずっと眺めていたかったのですが、デッキにいた男性が声をかけて来た(ナンパ?)のでそれもかなわず、結局すぐ船室にもどりました。女が一人淋しげ?に海を見ていたから、声をかけなきゃ悪い・・と思ったのかもしれませんね。
船から電話するなんて、めったにないな・・と思い、東京のわが家に電話をしてみました。ところが、電話に出てきた夫と話しはじめると、まるで外国からかけてるみたいに時差があります。よく見ると「衛星を使っているので会話がずれます」という注意書きが貼ってあります。夫はすっかり面白がって「こちら、おさむ・・・ですか?どうぞ」と、無線でしゃべってるみたいに、会話の最後に必ず「どうぞ」を入れます。よけい、しゃべりにくいったらありません。
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