にじ

文と絵・むらた あけみ

第13章  歪 - yugami -


地上にきらめいていた輝きのすべてを封じ込めるように、まっ黒な影が天空をおおいはじめました。ぶきみな静けさと暗闇の底から、どよめきのような轟音がたちのぼり、しだいに近づいてきます。つぎの瞬間、目もくらむような閃光が炸裂しました。強烈な光りに目をとじたクプカたちは、一瞬『地球が爆発した』と思ったものです。それほどまでにすさまじい衝撃と、悪魔のうなり声のような音が、地響きをたててとどろいたのです。

おそるおそる目をあけたとき、あの美しく緑ゆたかな大陸の、あまりにも変わり果てた姿がとびこんできました。


ほんの少しまえまで、人々の暮らしを穏やかな表情で見下ろしていた火山が、いまは狂った魔物と化しています。天をもつらぬく火柱のように、火口から噴き出されるマグマは、まるで地球が吐き出す断末魔の血のように見えました。ドロドロと大地に降りそそぐ灼熱のマグマは、みどりなす山や野をようしゃなく焼きつくしていきます。そのうえ、想像を絶するような大地震が大陸におそいかかっていました。大地は無残に切り裂かれ、建物は積み木の家のようにくずれ、ひとびとは逃げ惑うことすらできないまま、バタバタと倒れていきました。

『これが、伝説の大陸が滅亡する瞬間なの?』

目のまえで繰り広げられる恐ろしい光景に声もなくして、リトは心のなかでつぶやきました。なぜか、カラダがふるえてとまりません。

押し殺したような声でクプカが言いました。

「海がくる」


見ると、海面が高い山のようにせり上がって迫ってくるではありませんか。
海というよりも、それはもう、そそり立つ巨大なカベにしか見えません。
世界一高い山の頂さえも、一瞬のうちに沈めてしまいそうなほどの大波が、いま、ひとつの大陸を、のみこもうとしているのです。

そのときです。奇妙なことが起こりました。


大陸が消えたのです。

もちろん、伝説やグノモンの話からうすうす予想していたことですから、大陸が消えたこと自体は、それほど奇妙なことでもありません。

ただ問題は、その“消え方”でした。


クプカたちは、火山の噴火や大地震、大波や大洪水によって、大陸は海に沈んだとばかり思っていました。じっさい、数々の天変地異が大陸におそいかかったようすは、いま目の当たりにしたばかりです。

ところが、最後の瞬間にふたりが見た光景は、あまりにも不可解でした。
あれもまた天変地異による現象だと、言えるものなのでしょうか?

大陸は、大波にのみこまれる寸前に、忽然とその姿を消したのです。

もっとくわしく言えば、大陸のうえにおおいかぶさろうとしていた高波が、一瞬ピタリと止まって見えた瞬間、空間に不思議な“歪み”のようなものが生まれました。そして、砂漠で見かける蜃気楼のように大陸全体がユラユラとゆらめき、白く発光したかと思うと、空間に生まれた“ゆがみ”のなかへ・・すべりこむように消えていったのです。

すべては、ほんのわずかな時間のすきまに起こったことでした。
止まったと感じられた時間は数分、いえ、数秒だったかもしれません。

つぎの瞬間には、大陸があった場所をのみこんで、大波が泡立ちながら通り過ぎていきました。あとには、荒れ狂う海がひろがっているばかりです。

「・・消えたよね」

海を見つめたまま、放心したようにリトがつぶやきました。

「ああ、消えた」

クプカが答えると、グノモンもかたわらでうなずいています。

「ねえグノモン、
 いったいこれはどういうことなの?ちゃんと説明してよ!」

リトが詰めよると、その剣幕に押されながらグノモンが話しはじめました。

「・・・それでは、ご説明いたしましょう。

 いま、大陸が消えた日のようすをご覧いただいたわけですが、
 この日、大陸にふりかかった天変地異のかずかずを、
 もういちど思い出していただけないでしょうか?
 最初の兆候・・天変地異のはじまりはなんだったか
 リトさま、覚えていらっしゃいますか?」

「はじまり?うーん、まず空が暗くなったよね。それから、
 すさまじい音をたてて強烈な光りが炸裂したと思ったけど」

「その通りです!・・では、
 あの音と光りの正体は何だったか、おわかりになりますか? 」

「正体?それは、火山が噴火したからじゃないの?」

けげんそうにリトが言うと、グノモンは首をよこにふりました。

「いいえ、火山が噴火したのは単に“結果”に過ぎなかったのです」

それから遠くを見るような目になると、グノモンは言葉をつづけました。


「大陸が消えた運命の日・・それは、
 地球全体にとっても、やはり運命の日でした。

 ちょっと想像してみてください。

 われわれは砂浜でたくさんの砂粒を目にしますね。
 ひとにぎりの砂のなかに1万個の砂粒があるとしましょう。
 それらの砂粒は、海のもつエネルギーが長い年月をかけて
 大地との境界の大きな岩をくだいてつくった結果です。

 そして、そのエネルギーの元でもある“潮の満ち引き”が、
 月や太陽の引力に関係していることはごぞんじでしょうか?
 つまり、砂のひと粒ひと粒さえ、天体や宇宙とつながっているのです。

 夜空を見上げれば、無数の星々がきらめいていますね。
 あの星々だって、いわば手のひらの砂粒のようなものなのですよ。

 星々は、宇宙に満ちているエネルギーがつくりあげた砂粒で、
 地球という星もまた、そのなかのひと粒なのです」

いつのまにか海の映像にかわって、きらめく砂粒のような銀河が、
クプカやリトたちを包み込んでいました。

「ふーん、なんだか気が遠くなるような話しだね・・つまり、
 宇宙はとてつもなく広くて、
 星は想像もできないほどたくさんあるってことでしょ?

 だけどよくわからないな。そのことと、大陸が消えた日との間に、
 いったいどんな関係があるっていうの?」

リトが首をかしげると、だまって聞いていたクプカが口をひらきました。

「グノモン、君が何を言いたいのか、
 すこしわかってきた気がする。
 あの運命の日、大陸をおそった天変地異の原因は、
 “宇宙のかなたからやってきた”
 ・・・そう、君は言いたいんじゃないのかい?」

すると、すっかり感心したように目を細めてグノモンがうなずきました。

「いやー、さすがクプカさまです。その通りでございますよ!
 あの運命の日、宇宙から“招かれざる訪問者”がやってきたのです。
 つまり、地球という名のひと粒の星に、
 もうひと粒の星が急接近していました。

 その星の名を仮に“小惑星α”と名づけましょうか。

 小惑星αは、地球にくらべればうんと小さな星でした。でも、
 地球の運命を変えられるくらいの大きさは充分にもっていたのです。 

 この広い宇宙の小惑星のなかには、想像を絶する特異な軌道を
 とるものもいます。この小惑星αが、まさにそうでした。

 宇宙のかなたから旅をしてきた小惑星αは、
 あの日、自転しながら太陽のまわりをまわっている地球を追い抜き、
 限りなく地球に接近したのです。ま、地球の歴史のなかでは、
 そういったことは何度か起こってきたことです。
 ただ、たいていの場合、それらの星たちは、
 地球を中心とする双曲線から離脱してふたたび遠ざかっていきました。

 ところが、小惑星αはちがったのです。地球に近接したとき、
 地球の重力に引き付けられ、ますます速度を増し、
 あの日、地球をおおう水素のマントルのなかに突入しました。

 小惑星αは、まず水素のなかで赤く輝きはじめ、
 熱くなればなるほどまぶしく輝いて、白色にかわりました。
 そして、太陽さえ色あせるような光彩を放ちながら、
 巨大なガス状の尻尾をたなびかせ、日没の方向から落ちてきたのです。
 小惑星αの頭部は、すでに摂氏二万度をかるく越えていたでしょう」

ここまで言うとグノモンはひと呼吸おきました。
クプカとリトは息をのんで、つぎの言葉を待っています。

ゆっくりと、またグノモンが話しはじめました。

「地球の窒素圏から、最後の厚い大気層に突入し疾走するうちに、
 灼熱の火の玉のようになった小惑星αの緊張度は
 まるで破裂する寸前の風船のように、ピークに達しました。

 そしてとうとう、地面に近いところで星の中核部が破裂したのです。

 その瞬間、地球という太鼓の皮がはじけたような轟音がとどろき、 
 目もくらむような閃光が炸裂しました。

 そのとき落下した巨大な塊(かたまり)のいくつかは、
 火山ベルトを刺激して、各地で噴火や大地震を引きおこし、
 海中に落下した塊は、山のように高いしぶきをあげて
 あらゆる方向にうずまき状にひろがったのです。それらの高波は、
 想像を絶する洪水となって、陸地のほとんどを水に埋もれさせました」

「それじゃあ、あの目もくらむような光りとすさまじい音の正体は
 宇宙のかなたからやってきた小惑星の爆発だったんだね・・」

リトがそう言うと、まだすこし納得がいかない
といった顔つきでクプカがたずねました。

「異常なほどの天変地異の原因は、それでわかったとしても、
 やはり、まだわからないことが残っているよ。
 あの大陸が消えた瞬間のことさ・・・
 あれは、とても地震や洪水による消滅のしかたとは思えなかった」

すると、グノモンは瞑想するように目をとじたあと、
しずかに話しはじめました。

「いよいよ、そのことをお話する時がやってまいりましたね。

 いまからわたくしが申し上げることは、
 いささか信じがたいことかもしれません。
 でも・・まあ、とりあえずお聞きください。
 じつはあの瞬間、大陸は消えたのではなかったのです」

「えーっ!」

これには、クプカとリトも、思わず声をそろえて叫びました。

「だって、大陸が消えたって言ったのはグノモン自身だよ!」

「リトさま、たしかにそうですが、わたくしは、こうも言ったはずです。
 “ある日とつぜん地球からひとつの大陸が消えた”・・と。

 つまり、地球上からは消えましたが、けっして
 消えてなくなったわけではなかったのです。
 大陸は“移動した”だけだったのですから」

「移動した?・・・移動したって、いったいどこへ?」

ますますわからないといった顔で、リトがたずねます。

「大陸が移動した距離や場所については、あまりに遠すぎて、
 くわしく申し上げてもたいした意味はないように思います。ただ、

 “地球から遠くはなれた宇宙空間に浮かぶひとつの星”
 とだけ申しあげておきましょう。どうやって移動したかですが、
 これは、時空を超える“ゆがみ”からワープしたとしか説明できません。

 そうですね・・“奇跡が起きた”
 そう、思っていただいても差し支えないでしょう。
 ただ、奇跡という概念も、これまたじつにあいまいなものでしてね、
 ある時代やある価値観においては、
 虹が出ることも雷が落ちることも奇跡だったわけです。ところが、
 科学がすすむとそれは何の奇跡でもなくなりましたでしょ?もっとも、
 “奇跡ではない”と思い込んでいることも果たして真実かどうか・・

 あ、話しがそれてしまいましたね。

 とにかく、大陸はあの瞬間に、
 地球とはかけはなれた宇宙空間の星に移動したのです。
 まるで鏡の向こうの世界へいくように、
 大陸はもうひとつの世界へ移動したというわけです」


グノモンの話しは、なんとも突拍子のないものでした。

けれど、そんなことを言ったら、
いままでにクプカたちが体験したことだって、
突拍子のないことだらけです。

「グノモン、いまはとにかく君の言うことを信じるとしよう。
 ひとつ聞きたいんだが、それが事実なら、大陸は滅びなかったんだね、
 つまり、あの文明は消えずに残った・・そういうことだろ?」

クプカがたずねると、グノモンは明るい表情になってうなずきました。

「じゃあ、みんな助かったの?あの大陸に暮らしていた人たちや、
 エルテミスたちに似た、カイとソラという名の恋人たちも!」

リトが目を輝かせてたずねると、グノモンの表情がふいにくもりました。

「いえ、残念ながら、みんなたすかったわけではありません。
 なにしろ、あれほどまでにヒドイ大災害に見舞われたのですから・・
 大陸に暮らしていた多くの者は命を落とさなくてはなりませんでした」

「カイとソラは?・・ふたりは助かったんでしょ?」

リトが祈るように聞くと、グノモンは苦しそうに答えました。

「カイは、海のなかで炎のように赤い珊瑚をようやく見つけ、
 ソラの笑顔を思い出しながら珊瑚に手をのばそうとした瞬間、
 海底火山が爆発して・・・一瞬のうちに命を落としました。

 大陸に残っていたソラは、助かろうと思えば助かったかもしれません。
 けれど、火山の噴火や大地震がつぎつぎに起こったとき、
 みずから海に身を投げました。どうせ死ぬのなら、
 カイとおなじ海のなかで死にたい・・そう思ったのでしょう」

涙ぐんでいるリトをなぐさめるように、グノモンが言葉をつづけました。

「リトさま、どうか、泣かないでください。
 死がすべての終わりとは限らないんですよ。

 カイとソラの肉体は滅びても、
 ふたりの愛が終わったとはかぎりません。

 死の瞬間にかけぬけた想いは、
 あたらしい物語を、また紡ぎはじめることだってあるんです」


グノモンはそう言うと、頭のうえに広がる満天の星空を仰いで、

その翼を大きくひろげました。


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