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わたしは、カバンから写真を取り出し窓辺に置いた。

父と母が、富山県・砺波(となみ)のチューリップ畑で撮ったスナップ写真。もう八年ちかく前だろうか....ふたりとも若々しい。鮮やかな花のうねの間から中腰になって微笑む父の肩に両手を置いて、うしろから顔をのぞかせる母も、少女のように笑っている。

ふと、母が亡くなったつぎの年に、父とふたりで行った九州旅行を思い出した。あの時は、湯布院の宿に着くとすぐ、母の写真を取り出したものだ。

『九州つれづれ旅日記』参照


いまは、お父さんまで写真のなかに行ってしまった....



薄紅色に染まる雲と黄昏の海を見ながら露天風呂につかる。
温泉好きだった父にもこの光景を見せてやりたかった
そう思うと、涙がまたこみあげてきて.....
バシャバシャ顔に、お湯をかけた。

茜色の雲のあいだから、
父や母が見ているような気がする。

チューリップ畑と、バラ色の雲の帯が
シンクロしたのかもしれない。


新鮮な魚介類がならぶ夕食。これは父よりも、母の方が好みだろう。
日がとっぷり沈むと、みごとな満月が海のうえにのぼった。


部屋の明かりをぜんぶ消して、月明かりだけで夜の海を見る。満月は、おどろくほど明るい。水平線ちかくの白い波や浜辺の岩までちゃんと見わたせた。人間に、月より明るい光りは作れても、月より美しくモノを浮かびあがらせる明かりが、創り出せるだろうか?


沖合いの暗い海にわきたつ白い波は、
やわらかな月明かりに照らされ
つぎつぎ浜辺に打ち寄せる。

不思議なほど、ひとつとして
おなじカタチの波はない。

どの波も砂浜にとどくと、
白いレースのような模様を編んで

消えた....


悠久の彼方から見れば、
人の一生も、この波のひとつに
似ているのだろうか



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<This page's photo by Osamu Murata.>