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その夜、父が亡くなってからはじめて、父の夢を見た。
あれは夢だったのか....見ると窓辺に置いた写真が位牌(いはい)に変わっていた。あわてて上半身を起こし夢中で手を合わせると、やわらかな月の光りを浴びて父が笑っている.......夢から醒めるとまだ朝の4時。
海のうえはほんのり明るい。カーテンもおろさず、月の光りを浴びたまま眠りについたから、こんなに早く目が覚めたのかもしれない。
「明日の日の出は、4時20分頃です。ここからならよく見えますよ」
そう言っていた仲居さんの言葉を思い出した。
せっかく目が覚めたことだし、このまま日の出を待つとしよう。
この空の明るさならすぐ昇るだろう....そう思ったが、いざ待ってみると、これがなかなか昇らない。ようやく、水平線のあたりから雲の底がかがやきはじめた。
陽がのぼる瞬間を、いちばん敏感に感じとるのは鳥なのかもしれない。小鳥たちがいっせいにさえずり空を飛びまわりはじめたかと思うと、水平線のうえに、爪のような弓型の光りが浮かびあがってきた。
あれが、太陽? 日の出は、いままでにも見たことがあるはずなのに
陽が昇る瞬間にはじめて、立ち合うような気がした。
胸にこみあげてくるこの感じは、いったい何だろう。陽が昇る.....それだけのことに、わたしたちは感動していた。 いつも当たり前に迎えていた朝が、こんなにも深く荘厳で、
痛みのような歓喜に満ちてはじまることを
いままで、知らなかった。
いや、知っていても、心で感じていなかった。小鳥たちはそのことを感じているから、
日の出の瞬間、歓喜のさえずりと共に、
全身で太陽を出迎えるのだろう。水平線のうえに生み落とされた太陽は、
ゆっくりとふくらみ、
やがていのちを染めあげていく。たった一泊の旅....しかも近い町への旅
けれど、この旅で出会った光景は生涯、忘れないと思う。 END ←【Page1】へ もどる <This page's photo by Osamu Murata.> その他の↓父に捧げる作品