津山から車で30分ほどの所にある『柵原鉱山資料館』にも立ち寄りました。この小さな町が、最盛期には東洋一の鉱石量(硫化鉄鋼)を産出したとはビックリ。さあ、昭和30年頃の鉱山町の暮らしぶりをのぞいてみましょう。
供給所という名称に戦後間もない感じが出ています。
雑貨店(よろず屋さん)食品やタバコ、文房具なども置かれています。
こちらは自転車屋さんを再現。ポスターも時代もの。頑丈そうな自転車が主流だったのですね。
こちらは、大衆食堂。いろんなブー
地下には坑道の様子も再現。当時使われていた道具の他、アリの巣のように何層にも張り巡らされていた、地下の様子を再現した立体模型は圧巻でした。

この「柵原鉱山資料館」は、鉱石輸送用に作られた片上鉄道(廃線)の吉ケ原駅舎と操車場のあった場所をそのまま利用した「柵原ふれあい鉱山公園」の中にあります。鉱石を運搬した高瀬舟や、車両などもそのまま展示されています。
(つづく)




